メモにあった番号あてにメッセージを送ると、番組が終わってすぐに着信があった。
「見てくれました?」
「見たよ、メンチカツ」
笹井は電話の向こうで「番組始まるまでに目が覚めないんじゃないかと思いました」と笑う。さっきまでテレビから聞こえてきていたのと同じ声だ。
サイコーグルメなるコーナーが終わってからすぐに検索をはじめた。ヒノテレビアナウンサー、笹井洸一郎。東京出身。特技はスポーツ全般(陸上部)、趣味は読書と犬の散歩。午後の番組『おまかせ! ステーション』通称『おまステ』の火・水・木曜レギュラー。公式プロフィールに書かれていたのはその程度だが、インターネットはもっと余計なことも教えてくれる。
三年前、つまり大学在学中に、各大学からノミネートされる学生の人気投票……いわゆるミスコンで準優勝している。ミスコンからのキー局アナウンサーとは随分華々しい経歴だ。出場時の所属は白林館大学。伊月にとっては後輩にあたる。
自分で言うのもおこがましいが、伊月は母校では著名人扱いだ。顔と名前が知られていてもおかしくないけれど、昨夜彼がそれに気付いていたかというのは別の話……と、思いたかったのだが。
「笹井くん、君、その……俺のこと」
「もちろん存じ上げておりましたよ、神長先生」
「おまっ、……君さあ」
気付いてたのかよ! これはますます昨日何かあったら問題じゃないか。なんだか頭が痛くなってきた。二日酔いより酷くなりそうだ。
「オマエでいいですよ、何ですか今更」
ふふ、と含みありげに笑う声には妙に余裕がある。いやいや、君、昨夜そんなキャラだったっけ。何があったか聞きたいが、彼の背後からはざわざわと人の気配がしていて、その場で口に出させて良いようなことなのかどうか、伊月にはいまいち自信が持てない。
そんな逡巡をしている間に「笹井さん」と彼を呼ぶ声が聞こえて、彼が「はーい」と返事をした。
「すみません、僕これから局に戻らないといけなくて」
「ああ、いや……悪かったな」
「何言ってるんですか、電話かけたの僕ですよ」
またご連絡します、と言い残して電話はぷつりと切れた。まるで取引先かなにかのように礼儀正しいその様子に、放り出されたような気分になる。
なんだったんだ、一体。もう一度スマホで検索画面を開いてみる。
中学から有名私立のお坊ちゃまで、都内に庭があるほどの大きな実家があって。ミスコンで入賞できるくらいの容姿とコミュ力があり、華やかなテレビの世界でご活躍中。
いや、とてもじゃないけどあんなところに来ていて良い人間じゃないだろう! そんな爽やかさのかたまりみたいな。そんな人間と本当に何かあったら、どうしたらいいのか。え、強請られたりするだろうか。誰に? 分からないけれど。
ひとまずシャワーでも浴びるか……と、ため息をつきながらバスルームに向かう。
「……?」
洗面台に見慣れない、光るものを見つけた。腕時計だけれど、どうやら自分のものではない。見るからに高級そうな、しかしちょっと古めかしいデザインのもの。位置的に手を洗うときに外したのかもしれない。恐らく忘れ物だろう、彼の。
「ハァ…………」
一体全体どうしたものか、少し頭を冷やさねばならない。シャワーを浴びたらきらりに連絡してみようか。どうせあいつも酷い二日酔いだろうけれど。