学校から帰ったナズナは、制服から着替えもせずに自分の部屋の机に座ると、カバンからノートを取り出した。ページを開いて、早速、中身を読み始める。
宿題ではない。
ノートには、リリアナの伝説についてまとめが書かれていた。
☆ ☆ ☆
【今の伝説】
・天使と悪魔が戦ったのは、学園が出来る前。
・天使は悪魔を封印して、自らも力尽きて眠りについた。
・天使と悪魔のことは忘れ去られて、その地に学園が建てられた。
・生徒が自殺(いじめ?)して、その魂を吸い取って悪魔が力を取り戻した。悪魔は完全に復活するために手下のヘビを使って、生徒の魂を集め出す。
・救いを求める生徒の祈りで天使が目覚める。天使はヘビと戦うための力を生徒に与えた。
・天使に選ばれた生徒は、魔法少女と呼ばれるようになった。
・魔法少女=白ブレザー
・ヘビは赤い影みたいなの
【8年前の伝説】
・いじめられてた生徒が復讐のために悪魔を呼び出した。
・悪魔は、いじめっ子の魂を奪ったけれど、呼び出した代償として(?)いじめられてた生徒も食べられてしまう?
・悪魔はその後も学園に残り、生徒の魂を奪っていった。
・通りすがり(?)の天使が悪魔を封印してくれたけど、天使も力尽きて眠りについてしまう。
・魔法少女=魔法少女風コスプレ?
・リリアナ様は願いを叶えてくれる?
【共通点】
・天使が悪魔を封印している。天使も力尽きて眠りについている。
・悪魔は生徒の魂を奪う。
・生徒が一人死んでいる?
【おまけ】
・いじめられて自殺した生徒がいて、それが元でこういう伝説が作られたのかも(ルカちゃん談)
・学校が建てられる前に、元になるような地元の伝承とかがあったのかも。それが、ミッション系女子中学生風にアレンジされて今に至る、とか? (むっちゃん談)
☆ ☆ ☆
「うーん…………うん。もう一枚、書き写して、明日
自分の部屋の勉強机で、広げたノートを前にうんうん唸っていたナズナは、いそいそと引き出しから便箋を取り出した。
「ようやく、使える~♪」
鼻歌交じりに、ノートの内容を便箋に書き写していく。
ノートに書かれている内容は、昼休みにルカが書いてくれたものに、ナズナが加筆したものだ。
ユリハナの話を聞くというのが、桂花と決めた今後の第一の方針だけれど、次にユリハナに会えるのがいつになるかは分からないし、放課後以外にも何か出来ることはないかと考えて、
4月の初め頃、ルカは『魔法少女性犯罪説』とか、いろいろ自説を繰り広げていたし、ナズナには気づかないようなことに気が付いてくれるかも、と期待していた。
リリアナ研究クラブの課題で、他の学校の伝説を調べていて見つけたのだと説明すると、二人は興味を引かれたらしく、目を輝かせてナズナの話を聞いてくれた。
話す時は、リリ女ではなく、他の学校の伝説ということにした。そのまま話すと、
別の中学校に、リリ女と同じような伝説があるのを見つけたが、その学校には、今のバージョンと昔のバージョンの二通りがあるのだ、と二人には説明した。
話を聞き終わったルカは、早速、ナズナの話をノートにまとめ、二つの話の共通点まで書いてくれた。ナズナは、ありがたくそれを書き写させてもらうことにした。
途中、どこの学校の話だ? とルカに聞かれたて焦ったりもしたけれど、忘れちゃったと誤魔化すと「仕方ないなー、ナズっちは」の一言であっさり納得された。それはそれでよかったのだけれど、ナズナは少々、釈然としない思いをした。
「ユリハナに気を取られ過ぎて、ヘビにやられちゃったら元も子もないから、集中して。そして、早く一人前って認められて、私たち二人で行動できるようになろう。そうすれば、ユリハナと話すチャンスが増える」
プリムラに、こう言われたからだ。
パトロールに専念している方が、表面的には今までと全く変わらないサルビアたちとか、余計なことを考えないで済んだ。
そうして
今後のための、いいアイデアは浮かびそうもなかった。
今後の参考になるようなことを書き加えてから桂花にノートを見せようと考えていたのだが、ナズナは早々にその考えを投げ出して、考えるのは桂花に任せることにした。
運よく、次の日の朝、下駄箱で桂花に会ったので、早速便箋を渡すと、桂花はその場で中を読み始めた。
「元になる伝承…………。そうか、もしかしたら、それが天使と悪魔の正体に繋がるかも。おじいちゃんが生きてたら、何か知ってたかもしれないのにな」
桂花は少し悔しそうな顔をした後、キラリと瞳を光らせてナズナの肩をポンと叩いた。
「ん、でも、もしかしたら、お寺を継いだ伯父さんが、何か知ってるかもしれないから、相談してみる。知らなくても、お願いして調べてもらえるかもしれないし、伝承のことは私に任せて」
「う、うん! それで、あたしは何をしたらいいの?」
珍しく興奮している桂花につられて、ナズナが勢い込んで尋ねると、桂花はきょとんとした顔をした。大きな瞳が、さらに大きくなっている。
じっとナズナを見つめた後、桂花はぎくしゃくと頷いた。ポニーテールの毛先が揺れる。
「ナズナは、休み時間を使って、先生たちに話を聞いてみて。天使と悪魔のことは言わないで、ただこの辺りの伝承を調べてるってことにして。うん、いい考えかも。先生たちなら、学校が出来る前のこととか知ってる人がいるかもだし。どうやって調べたらいいかとか、教えてもらえるかも。あ、その時は小林さんと
途中から段々、口調が滑らかになっていく。
最後にもう一度ナズナの肩をポンと叩いて、桂花は便箋をカバンにしまうと、一人で教室へと向かってしまった。
「あたしの存在意義って…………」
あとに残されたナズナは、寂し気に肩を落とした。
兎も角。
早速、その日の昼休みから、先生たちへの聞き取りを開始することにした。
もちろん、ルカと睦美も一緒だ。
二人とも妙に乗り気で、付き添いのはずなのに、ノートまで用意している。
「ナズっちだけじゃ不安だからな」
「後で、三人で書いたのをまとめた方が漏れもないと思うし、いいレポートになると思うよ」
とのことだ。
嬉しいやら情けないやらで、ナズナは涙が出そうになった。
年配の先生たちの方がいろいろ知っていそうな気はしたが、一年生のナズナたちには少々、敷居が高いので、まずは若手の先生から話を聞いてみることにした。
ノートを手に、学園が出来る前からこの辺りに伝わる伝承を調べていると言うと、先生たちは皆、好意的にナズナたちを受け入れてくれた。
【三田先生】 20代前半くらい?
「伝承? ふ~ん、面白いことしてるのね。でも、ごめん、力になれないや。あ、でも、国語の安藤先生とか、数学の北野先生とか、リリ女の卒業生だって言ってたし、何か知ってるかも。伝承は知らなくても、当時の学園七不思議みたいなのなら聞けるんじゃない? 七不思議と伝承の比較とかも面白そうかも。レポート、出来たら私にも見せてね」
【安藤先生】 アラサー?
「あー、なんか学園中で騒いでた、伝説だか七不思議だかがあった気がする……けど、ごめん、思い出せないな。うーん? なんだったっけ? また、思い出したら教えてあげる」
【北野先生】 安藤先生よりも上にも下にも見える。年齢不詳。
「ああ、ありましたね。リリアナ様の伝説。学園の守り神的な存在だったと思いました。懐かしいですね。そう言えば、皆さんは知っていましたか? リリアナというのは、学園創立者の奥様の名前なんですよ。奥様の希望で、リリ女はミッションスクールになるはずだったんですが、学園が出来る前に奥様は事故で亡くなられて。元々、周囲はあまりミッションスクールには乗り気ではなかったこともあって、ミッションスクールの話は立ち消えになってしまったんです。奥様の志を継ぐことが出来なかった創立者が、せめて名前だけでも残そうとしてリリアナ女学園という名前になったそうですよ。あ、そうそう。葛西先生にも聞いてみるといいですよ。わりと初期の卒業生のはずです。お昼休みは音楽室にいると思いますよ」
【葛西先生】 おばあちゃんの手前のおばさんってかんじ。もう少しで定年退職だって誰かが言ってた。
「伝承? ああ、確かあったはずよ。この辺り一帯の土地の守り神を祀っていて、ちゃんと祠もあったのよ。私たちは、勝手にリリアナ様なんて呼んでいたわね。え? 場所? うーん、私が卒業した後に、取り壊されてしまったんじゃないかしら? 何か、事故があったらしいけれど。え? 伝承の内容? 友達から聞いただけだから、よく覚えていないのだけれど。確か、赤い蛇の妖怪と旅の僧侶が戦って、それで、どうしたのかしら? うーん、詳しい内容は、この辺りに古くから住んでるお年寄りとかに聞いた方がいいかも知れないわね」
聞き取り調査の帰り道。
思った以上の収穫に、ナズナたちは興奮していた。
「えっと、つまり、どういうことなのかな? 昔からこの辺を守ってくれていた神様が、学園の守り神で、天使リリアナ様なの?」
「うん。たぶん、そうじゃないかな。天使っていうのは、ナズっちみたいなミッションスクールに憧れてた生徒が言い出して、そのまま定着したんじゃないか? 赤い蛇とか、まんまだし」
「つまりー、赤い蛇の妖怪が悪魔で、旅の僧侶が天使リリアナ様?」
「だと思う。きっと、僧侶は妖怪を倒したけれど、自らも命を落とし、神様として祀られるようになったんだよ」
ルカも睦美も目を輝かせているが、ナズナは一人顔を引きつらせていた。
「えっと、まって。ということは、もしかして。お坊さんの力で魔法少女に変身してるってこと?」
「うん、そうなるな」
「そうだねぇ。魔法少女の真の力が解き放たれる時、その頭はツルツルに…………」
睦美の言葉を聞いて、ナズナの顔が埴輪になった。
「や、やだ! そんな、ツルツルした魔法少女絶対ヤダ! お坊さんは、学園を守るために天使様に生まれ変わったんだよ! そうに決まってる!」
ナズナは埴輪顔のまま絶叫した。
「さーて。この辺りに住んでるって言うと、
「そうだねぇ。部活の子とかにも、聞いてみるよ。なんか、楽しみになってきたー」
ルカと睦美はナズナを放って、今後の方針のことで盛り上がっている。
「うう……。魔法少女ツルツル……」
伝承の詳しい内容は、ナズナにとって大事なことのはずなのだが、ツルツルの衝撃から抜け出せず、肩を落として二人の後ろをついて行く。
「でも、祠はどこにあったんだろうな?」
「うーん……。たぶん、なんだけど。祠のことを話している時、先生、グラウンドの向こうを見ていたみたいなんだよね。テニスコートの脇の辺? たぶん、そのあたりにあったんじゃないかなぁ?」
「おおー。良く気づいたなー。さすが、むっちゃん。ナズっち、聞いてたかー?」
「え? 何? 何が?」
ルカと睦美が振り返ると、ナズナは全く分かっていない顔で、二人の顔を慌ただしく交互に見ている。
「祠の場所」
「え? 分かったの? どうして? すごい!」
ナズナはキュッと握りこぶしを作って、顔を輝かせた。
嬉しさのあまり、足が止まっている。
「うーん。さすが、ナズっち。期待を裏切らない」
「ついてきて、大正解だったねー」
ルカと睦美は、うんうんと頷きながら、立ち止まるナズナを置いてあれこれと二人で話しながら先を歩く。
「え? え? ちょっと、待ってよー!? あたしにも、教えてよー!?」
その日の放課後。
掃除が終わると直ぐに、ナズナは桂花と共に、睦美に教えられた場所へ訪れた。
グラウンドは北校舎の北側にある。さらにそのグラウンドの北、フェンスの向こう、幅二メートルほどの小道を挟んで、西側はテニスコート、東側は草むらになっている。
二人は、テニスコートと草むらの境から、少々草むらよりの小道に立っていた。
草むらは私有地なので、勝手に入らないようにと学園から言われていた。
「どう? 桂花ちゃん、何か感じる?」
「……………………うん。たぶん、間違いないと思う。少しだけど、学園の中と同じような力を感じる。でも、どうして、取り壊されちゃったんだろう……?」
「うーん。先生は、事故があったって言ってたけど、この辺は、あんまり車も通らないし。テニスボールが直撃して壊れちゃったのかな?」
「……………………」
真剣な顔で考え込んでいた桂花の目が半眼になった。
「はぁ……。とりあえず、行こう。これ以上ここにいても、分かることはないし。祠のことも含めて、もう一度伯父さんに聞いてみる。ちょっと、時間がかかるかもしれないから、あなたの方でも白鳴小学校出身の子に話を聞いてみてくれる? あ、三人でね」
「うん、任せて。ルカちゃんたちも、なんかやる気になってるし」
三人での聞き込み調査が思いのほか楽しかったせいもあって、ナズナは幸いにも桂花の念押しの意味には気づかなかった。
今からならまだ、
テニス部に所属している生徒だ。
「あれ? 珍しい二人組だね。…………ねえ。そこって、やっぱり何かあるの?」
「え?」
「やっぱりって、どういうこと?」
ナズナと桂花を見て目を丸くした美奈は、桂花の方を窺い見ながら、声を潜める。
「テニス部の先輩から聞いたんだけど、毎年、今頃になると、テニスコートの脇の草むらに花束を供えるおばさんが現れるんだって。その、西野さんって、霊感、あるんだよね? もしかして、何か感じるの? 噂の自殺した生徒とかなんじゃ……」
不安と好奇心の混じった瞳が、桂花を見つめている。
桂花の大きな瞳が零れ落ちんばかりに見開かれる。
ナズナはなんだか怖くなって、桂花の腕に縋り付いた。
心臓が煩いくらいに鳴り響いて、喉がカラカラだった。
桂花はびくっと身を震わせたあと、ぎこちない笑みをテニス部の子に向けた。
「霊感は、ただの嫌がらせの噂だから。本気にしないで。私たちがここに来たのは、昔この辺りに祠があったって聞いたから。そのリリアナ研究クラブの課題で、調べてるの。そのおばさんも、もしかしたら祠があったことを知ってて、花を供えてるのかも。ね、ねえ、それ、いつぐらいかもっと詳しく分かる? そのおばさんが祠のことを知ってるなら、詳しく聞いてみたいんだけど」
ナズナの体温に励まされたせいもあってか、話している内に、桂花は落ち着きを取り戻していった。
美奈は、桂花の様子がおかしかったのは霊感少女の話を持ちだしたせいだと思ったようで、気まずそうに謝ってきた。恐らく、小学校時代、桂花がクラスで浮いていたという話も知っていたのだろう。
「ご、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど。その、花束おばさんのことは、5月の連休が終わった後ぐらいしか聞いてないんだ。今日の部活の時、先輩たちにもう一度聞いてみるよ」
お詫びのつもりか、向こうから協力を申し出てくれたので、その件はお願いすることにして、その場は別れた。
結局、二人とも部活には出なかった。
もしかしたら、今日、そのおばさんがやってくるかもしれなかったからだ。
草むらとは反対側のテニスコートの脇で、部活の見学をしている振りをして、誰か来ないか様子を窺っていたのだが、この日は誰も訪れなかった。
代わりに、部活が終わった後、美奈から有益な情報を手に入れることができた。
「あのね、三年生の先輩が、丁度その日が誕生日だから覚えてて。一年の時も二年の時も、誕生日と同じ日の夕方に現れたんだって。だから、きっと今年もそうなんじゃないかって言ってた。でも、先輩の誕生日、今週の土曜日なんだよね」
土曜日は学校が休みの日だ。テニス部の活動も特にないらしく、美奈は残念そうな顔をした。
美奈と別れた後、ナズナがどうするのかというように桂花を窺うと、桂花は当然のように頷いた。
「土曜日の夕方、二人で張り込むよ」
「う、うん!」
花束おばさんの話を聞くのは、何だか怖いような気がしたが、二人でと言われたのが嬉しくて、ナズナは威勢よく頷いた。