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第12話 シラユリとベニユリ

 昼休み、ナズナは一人で図書室を訪れていた。

 図書室の、貸出禁止の閲覧コーナー。

 緊張した面持ちで、一冊の本の背表紙に指をかける。


(8年前…………でいいんだよね?)


 8年前の、リリアナ女子中等学園の卒業アルバム。

 机には向かわずに、その場で本を開く。


 ここへ来たのは、あることを確認するためだった。

 ナズナの予想通りなら、それは謎を解くためのヒントになるはずだった。


(あった。卒業写真……)


 クラスは教えてもらえなかったから、一組から順に、写真と名前を確認していかなくてはならない。

 一組………………………………違う。

 二組……………………………………ここにもいない。

 三組……………………。

「え……?」

 知っている顔が、そこには映っていた。


(どうして?…………なんで?)


 本を開いたまま立ち尽くしていると、後ろから手が伸びてきて、ナズナから本を取り上げた。

「…………何、これ。どういうこと?」

桂花けいかちゃん…………」

 手の主は、桂花だった。

 眉を顰めながら、ナズナの見ていた三年三組の卒業写真に目を走らせ名前を確認すると、桂花は少し考え込んだ後、本を閉じて本棚の空いているスペースに戻す。

 勝手に本を戻したことについて、文句を言う気にはなれなかった。

 そうされなければ、チャイムが鳴るまでずっとここで立ち尽くしていた気がする。

「ねえ。今日は、部活どうする? もし、出ないなら、一緒に帰らない? 学園の外で、コレのこと、話したいの」

 戻した本の背表紙に人差し指を押し当てながら、桂花が言った。


 何かを思い出しそうで、思い出せない。

 何かが繋がりそうで、繋がらない。

 じれったい。モヤモヤする。

 もしかして、自分も何かを忘れているんだろうか?

 この間の、サルビアとスイレンのように。


 自分は何を忘れてしまったのだろう?

 そして、桂花は、何を知っているのだろう?

 知りたい。

 けれど、ナズナは返事をためらった。

 ナズナが休んだら、プリムラを一人にしてしまう。

 サルビアたちの記憶の欠落はショックだったけれど、何とか立ちなおせたのは、プリムラがいてくれたからだ。一人じゃなかったから、平静さを取り戻して何でもないような顔でを続けられた。

 ユリハナの話さえ持ち出さなければ、二人とも今までと何も変わらないサルビアとスイレンだった。

 でも、それでも。あそこに、プリムラを一人にはしたくないと思った。

 それに、プリムラには、この卒業アルバムのことも含め、相談したいことがある。

「プリムラのことなら、気にしなくていいよ。あなたが休むなら、プリムラも休むから」

「え…………?」

 断ろうと口を開いたのと同時に、桂花はナズナの気がかりを言い当てて、問題ないと言い切った。

 じっと見つめてくる、大きな瞳。

 しばらく見つめあった後、ナズナは無言で頷いた。

 どうして桂花がプリムラのことをそこまで断言できるのかは分からない。

 けれど。

 たぶん、その通りなのだろうと、なぜかナズナは思った。




 昼休みを使って、ナズナが図書室へやってきたのは、確かめたいことがあったからだ。

 リリ女の卒業生である、従姉の文香ふみかから聞いた話。

 そこから連想されること。

 その真偽を確かめるために、ナズナは卒業アルバムを開いた。

 そして、そこには。

 ナズナが思っていた以上の真実が隠されていた。


☆ ☆ ☆


 ケーキを手土産に文香が遊びに来たのは、連休の最終日だった。

 東京の大学を出た後、地元に戻ってきて就職した文香は、中学に入ったばかりのナズナとは、少し年が離れている。短くした髪にパーマをあて、薄っすらと化粧をしている文香は、すっかり大人の女性だった。

 女三人の空間には居ずらかったのか、父親は挨拶だけすると、どこかへ出かけていってしまったため、お茶会は、ナズナとナズナの母と文香の三人での開催となった。

 話題は主にナズナの中学生活のことで、ルカや睦美、最近少し会話を交わすようになった桂花のことなどを話している内に、ケーキを食べ終えた。

 部活の話に差し掛かったところで、母親の携帯がなり、「二人で話してて」と言いおいて母親はリビングを出て行った。


「で、リリアナ研究クラブ? だっけ? 私が中学にいた頃は、そんなのなかった気がするけど、新しく出来たヤツ? 何を研究するの?」

 文香の時代には、まだリリアナ研究クラブはなかったようだ。もしかしたら、忘れているだけなのかもしれないが。

「えー、えっと? 学園に伝わる……伝説とかの研究……とか?」

 ナズナは目を泳がせた。

 魔法少女に変身して学園内をパトロールして回っているとも言えないので、両親にも同じように説明してある。学園内では部活の内容を聞かれたことはないので、たまに外でその質問をされると動揺してしまうのだ。

「伝説ねえ……」

 文香は、伝説というフレーズに何かを思い出したようで、ナズナの不審な様子には気づかない。

「そういえば、あったね。すっかり忘れてたけど。天使と悪魔の伝説って、もしかして、今もあるの?」

「う、うん! それ! 内容、まだ覚えてるの?」

 ナズナは身を乗り出した。

 ナズナが見守る先で、文香は人差し指を米神にあてて唸り始める。

「うーん…………? 昔、いじめられっ子が復讐のために悪魔を呼び出して、悪魔はいじめっ子の魂を抜き取った? いじめられっ子も悪魔を呼び出した代償に食べられちゃった? で、その後も、悪魔は元いた世界に帰らずに、手あたり次第に学園の生徒の魂を奪っていったんだけど、偶々通りすがった心優しき天使様が悪魔を封印してくれて、でも、天使様も力を使い果たして一緒に寝ちゃった……みたいな? たぶんだけど、そんなんだった……ような?」

「私が知ってるのと、違う……」

「え? そうなの? うーん。段々と伝説の内容が変化したのか、私の記憶が怪しいのか……。あ、それで、今の伝説って、どんなの?」

「えっとね。今の伝説は、こんな感じ。ずっとずっと大昔に天使と悪魔が戦って、力尽きて両方共が眠りについた場所に、リリ女が建てられたんだって。それでね、ある時一人の生徒が学園で自殺しちゃったの。その命が、悪魔に捧げれた感じになって、悪魔は目覚めて、それで少しだけ力を取り戻したの。悪魔は力を全部取り戻すために手下を使って、生徒の魂を奪っていった。生徒たちは、助けを求めて祈りを捧げた。そのおかげで、眠っていた天使も完全じゃないけど力を取り戻したの。それで、天使は悪魔の手下を倒すための力を生徒に与えてくれて…………その……力を与えられた生徒は、その、ま、魔法少女って、呼ばれてるの」

 魔法少女の件で、ナズナは顔を赤らめた。すっかり大人になってしまった文香の前で、魔法少女と口に出すのは少々気恥ずかしい。

 案の定、文香はきょとんとしている。

「魔法少女?」

「うん。魔法少女」

 しばし、見つめあう。

 居心地の悪い思いをしていると、文香に変化があった。ナズナを見つめていた目は、段々ナズナを通り越して、もっと遠い所を見ているように見えた。もしかして、何か思い出したのではと、ナズナは固唾を飲んだ。

「あれ? 何か……こう…………。あ、そうだ! 魔法少女のコスプレをした生徒が二人か三人くらいいて、放課後の学校内をうろついていたような? あれ、何だろ、この記憶? 夢?」

「ま、魔法少女のコスプレ!? 白ブレザーじゃ、なくて?」

「んー…………。白ブレザーは、全く記憶にない。…………てゆーか、白ブレザーはどこから出てきたの?」

「え、と、伝説では、魔法少女は白いブレザーを着ているって、言われてて……」

「それはそれで、どこから出てきた、白ブレザー……」

「え、と、どこだろうね?」

 文香の時代にも魔法少女はいたようだが、白いブレザーではなかったようだ。


(いつから、白ブレザーになったんだろう?)


 気にはなったが、文香が卒業した後のことなのだろうし、ここでこれ以上話していても収穫はなさそうだ。

「え、と、それで。天使リリアナ様に選ばれると、花の名前を付けてもらえるんだ。それで、魔法少女はみんな、花の名前で呼ばれるんだよ」

「あー、そうそう! リリアナ様! なっつかしー。願い事を叶えてくれるー、とか言う話もあったっけ。でも、花の名前で呼び合ってたかどうかは分かんないな。コスプレの子たちと友達だったわけじゃないしね。なんか、そんなのがいたなー、くらい?」

「そ、そっか」

 リリアナ様のことは覚えているようだが、魔法少女のことはこれ以上思い出せないようだ。肝心なことが聞けず、ナズナは少ししょんぼりする。

「あー、でも、花の名前か。魔法少女じゃないけど、同じクラスにシラユリとベニユリって呼ばれてた子はいたな。いっつもセットでベッタリだった」

「シラユリと、ベニユリ?」

 ベニユリ…………という名前に、誰かを連想した。何となく興味を引かれて尋ねてみると、文香は懐かしそうに目を細めて話してくれた。

「あだ名なんだけどね。白井ユリだから、シラユリ。ベニユリの方は、ゆり……ゆりか? なんか、そんな名前で、髪の色が赤だったから、ベニユリって呼ばれてた」

「赤い……髪?」

 思い出に浸っている文香は、ナズナの声が固くなっていることには気が付かない。

「そう。燃えるみたいな綺麗な赤い髪だった。長く伸ばして、サイドテールにしてたっけ。あ、赤毛って言っても染めてたわけじゃないよ。ハーフとかじゃないんだけど、天然ものの赤毛って言ってた。真面目で、割と優等生タイプの子だったんだけど、赤毛のせいで、ちょっと浮いてたんだよね。ああ、思い出した。なんでだか、リリ女では赤は不吉な色……そうだ、悪魔の色って言われてて、それでだったかな。悪魔の手下とか変な噂立てられて。でも、シラユリだけは、そんなことはお構いなしで『私がベニユリを守るから』とかいつも言ってたっけ」

 赤毛。サイドテール。名前に、『ゆり』が含まれている。

 悪魔の色。悪魔の、手下…………。

「赤毛なんて、珍しいね。写真とか、ないの?」

 心臓の音がうるさく鳴り響いていたが、ナズナは努めて平静を装って、そう尋ねた。

 もしもナズナの予想通りなのだとしたら、一つも情報を聞き逃したくない。

「写真かー。んー、一緒に写ってるのなんて、卒業写真くらいかも」

「卒業写真……」

「そう。図書室ならあるんじゃないかな」

「図書室?」

「あ! しまった! 余計なこと教えた!」

 うっかり口を滑らせて、文香は両手で頭をかかえ髪の毛をくしゃっとした。

「ま、まあ、見てもいいけど。笑わないでよね?」

 ジロリと睨み付けられたところで、電話を終えたらしい母親がリビングに戻ってきた。

「あら。楽しそうね。何の話?」

「文香ちゃんの卒業写真の話。学園の図書室にあるかもって」

 母親が戻ってきたことで、伝説の話はそこで終了となった。話はそのまま、文香が中学生だったころの思い出話に移っていった。

 少々、残念だが、今は卒業写真を確認することで頭がいっぱいだったし、これ以上話を聞いても、覚えていられないかもしれない。

 心が飛んでいきそうになるのを押さえて、ナズナは笑顔を作った。



☆ ☆ ☆


 あの日。

 ナズナが魔法少女として復活を遂げ、ユリハナと再会できたあの日。

 サルビアとスイレンの身に起きたことは、ナズナに衝撃を与えた。

 二人は、ナズナがユリハナに助けてもらったことは覚えていた。

 けれど、自分たちが助けてもらった時のことは、覚えていなかった。


 一体、いつ?

 そのタイミングで?

 どうして?


 疑問がグルグルと渦を巻く。

 答えは見つからない。

 けれど、渦が落ち着いてくると、ナズナの中には優越感が芽生えた。


 二人は忘れてしまったのに、ナズナは覚えている。

 それは、特別なことのような気がした。


 きっと、ナズナが本気でユリハナを守ろうとしているからだと、ナズナは思った。

 ナズナのその願いを、天使リリアナが受け入れて、願いが叶うように守ってくれているのだと信じた。


 記憶があるのはプリムラも一緒だが、プリムラにはナズナとは別の目的があるようだった。

 ユリハナを守りたいナズナと、天使と悪魔の謎を解き明かしたいというプリムラ。

 目的は違うけれど、途中の道行は一緒なのだと、ナズナは直感した。

 少なくとも、今のところは。

 プリムラの存在を心強く思いつつ、目的が別であることに、安堵してもいた。

 ユリハナを特別に思っているのは、自分だけであって欲しかった。


(あたしは絶対に、ユリハナのことを忘れたりしない。あたしがあきらめなければ、必ずリリアナ様が守ってくれる。だから、絶対にあきらめない)



 なのに。

 その願いも、誓いも。

 今、また。

 揺らぎそうになっていた。



 卒業写真には、ナズナの知っている顔が載っていた。

 一人は、まだ中学生らしいあどけなさの残る文香。

 そして、半ば予想通り、赤い髪をサイドテールにした少女、ユリハナ。

 名前を確認すると、中野百合花と記されている。

 百合花。

 ゆりかと読むのだろう。けれど、それは――――。

 ユリハナ――――とも読める。


 しかし、ナズナに最も衝撃を与えたのは、それではなかった。

 知っている顔は、それだけではなかったのだ。


 文香の話に出てきた、白井ユリ、と名のあるその写真の場所には。

 いるはずのない人の顔が映っていた。


 ナズナのよく知る顔。


 長くした前髪を、額の真ん中で割って、サイドに流している。肩口の先まで伸ばした、艶やかな黒髪。

 写真だからなのか、いつもの神々しいようなオーラは感じられない。

 けれど、それは。

 紛れもなく。


(カトレア…………。どうして、あなたがここにいるんですか?)



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