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第11話 天使と悪魔には謎がある

(わ、わわわわわ! ど、どうしよう!? みんな、見てる……。正体、バレちゃった? 今、決意したばっかりなのに、そのせいで魔法少女の資格を取り上げられちゃったりしたら、どうしよう!?)


 胸の奥から突き上げてくる感情のままに魔法少女ヒナゲシに変身した。場所も状況も、お構いなしに。そして、天使リリアナへ改めて誓いを立てなおして、それから。

 ナズナはようやく周囲がざわざわしていることに気が付いた。

 場所は東校舎三階の廊下。まだ周囲に生徒が残っているのに、勝手に変身してしまったことを思い出し、ナズナが挙動不審に怪しげな踊りを踊っていると、隣から大げさなため息が聞こえてきた。

「あ! プ、プリムラ! い、いつの間に!? じゃなくて、それより、どうしよう~。みんなに正体バレちゃったかな!?」

 いつの間にか現れていたプリムラの肩に縋りついて、ガクガクと揺さぶる。

「落ち着いて周りをよく見て見なよ。誰も、私たちの正体のことなんて話してないから。これも、リリアナ様のお力なんじゃない?」

「え?」

 プリムラの皮肉気な声の調子には気づかずに、ナズナは改めて周囲を見回した。

 廊下にいる生徒たちはみんな、頬を染めてナズナたちを嬉しそうに見ている。指を射している生徒もいた。街中で、芸能人を見かけたかのような反応。それは、巡回中の魔法少女を見かけた時の一般の生徒たちの、いつも通りの反応でもある。

 正体とか、ナズナの本名とか、そう言った単語は聞こえてこない。

 みんな純粋に、思いがけず魔法少女に会えたことを喜んでいるだけのようだった。

「ホントだ。す、すごい……。リリアナ様の魔法は、やっぱり本物なんだね……」

「そうだね……」

 感動にナズナの瞳が輝く。

 隣でプリムラが浮かない顔をしていることには気が付かなかった。

「ねえ。変身する前に話していたこと、覚えてる?」

「え? 変身する前? あれ? そう言えば、誰かと話していたような? 何だったっけ? 気のせい? んん……。なんか、頬っぺたをパンパーンってされて、頭を鷲掴みにされてブルンブルンされてから壁にバーンってされちゃって、そしたらなんかメラメラーってなった……みたいな感じ……な気がする……」

 身振り手振りを加えながらナズナが説明すると、プリムラは眉間に皺を寄せた。

「やっぱり、覚えてはいないのか……てゆーか、そんなことしてないんだけど……」

「ほぇ?」

「なんでもない。とりあえず、やる気は取り戻したんだよね?」

「うん! 前よりも、漲ってるよ!! それでね、プリムラ。お願いしたいことがあるんだ……」

 大きな瞳でじっと覗き込んでくるプリムラに力強く頷いてみせ、それから。ナズナは一つお願いごとをした。




「やった……。全部、成功…………。完全マスター……できた!」

 東校舎三階の廊下で、ナズナは銃を握りしめたまま涙ぐんだ。

 カトレアたちと合流したナズナは、プリムラを含めた最初のメンバーで、もう一度ちゃんと練習をしたいと申し出た。

 反対する者は誰もいなかった。

 むしろ。

「わたくしも、その方がいいと思います」

 というカトレアのセリフに全員が頷いていて、ナズナは少々気まずい思いをした。


 パトロールに向かうカトレアたちと分かれて、ナズナたちは東校舎の三階へと向かう。金曜日の事件のことは既に知れ渡っている。しばらくは警戒して、誰も近寄らないような気もするが、あえて危険に挑もうとするものが現れる可能性もある。

 事件を未然に防ぐために、誰かが待機していた方がいいと判断し、練習の場所をそこに選んだのだ。

 歩きながら、ナズナは金曜日の事件の顛末を聞かされた。

 事件当日は心ここにあらずだったし、月曜日はを休んでしまったので、あの後のことはよく知らないのだ。

「ヘビを恐れずに一人で天使リリアナに祈りを捧げれば、魔法少女になれるって噂が出回ってて。まあ、間違いじゃないけど。それで、魔法少女になりたかったあの子たちは、一人が廊下で祈りを捧げている間、残りの二人は教室に隠れている……っていう作戦を立てたの。もし、魔法少女になる前にヘビが現れたら、教室に隠れている二人が出てくれば何とかなるだろうって考えたんだって」

「お、おお。頭いい!?」

 ヘビが怖くて、直ぐに逃げられるように外履きのまま玄関で祈りを捧げた経験のあるナズナは思わず感心したが、残りの三人は顔を曇らせている。

「ヘビは一人で居る生徒を狙う傾向がある。でも、ヘビは生徒が大勢いることを恐れているわけじゃないんだと思う。現れた後に、生徒の数が多少増えたところで、ヘビは逃げ出したりしなかった」

「それで結局。ヘビに睨まれて動けないでいる仲間を置いて、二人だけで逃げてきちまったんだよ。その二人は無事だったんだけど。残った一人は…………」

「え? でも……」

 言葉を濁すサルビアに、ナズナはその時のことを思い出そうとする。朧げな記憶だが、でも、確かにあの時。三階から降りてきたカトレアの後ろには、生徒が一人立っていた気がする。

「カトレアは、ちょっとだけ間に合わなかった。置き去りにされた三組の子、学校には来ているけど、先に逃げた二人のこと、何にも覚えてないんだって。事件のことを忘れちゃったとかじゃなくて、あなたは誰ですかって意味で」

「え? そん、そんな……」

 ナズナは、みんなが顔を曇らせていた理由を理解して、青褪めた。

 ルカや睦美がヘビに襲われてナズナのことを忘れてしまったらと考えると、お腹の底に氷水を注ぎ込まれたような気になった。

「あたし、もっと頑張ります!」

 冷気を追い払うように、グッとお腹に力を入れて、ナズナは宣言した。

 ほんの少し間に合わなかっただけで、誰かの大切なものが奪われてしまう。

 自分が足を引っ張ったせいで、誰かを、そんな悲しい目に合わせたくないと思った。

 ナズナは今、本当の意味で魔法少女の使命に目覚めた。

 魔法少女の力は、誰かのための力なのだと本当の意味で理解した。

 ユリハナへの想いを諦めるつもりはない。

 けれど、今までのどこか浮ついた気持ちとは違い、ユリハナも大事だけれど、そっちにかまけて誰かの大切が失われることがあってはならないと考えを改めた。

 これは、遊びじゃないのだと、強く自分を戒めた。


 誓いを新たに銃を手にしたナズナは、今までとは別人のようだった。

 体中に、意志の力が漲っているのを、自分でも感じていた。

 それをそのまま、銃身に流し込み、引き金を引く。

 当たり前のように、白い光が放たれた。

 何回も試したけれど、一度もミスはしなかった。連射の速度はとてもカトレアには及ばないが、新人魔法少女としては、まずまずの出来だ。

 スイレンとプリムラも、花が咲いたかのように顔を綻ばせ、サルビアは肩を落とした。頭もガクリと下がっている。

「残念だったな、ヒナゲシ。ついにオレの最長記録を抜くことは叶わなかったな。だが、いいか。ヘビを倒してこそ、真の意味で一人前の魔法少女になれるんだ。オレの記録を破れなかったからといって、いい気になるなよ?」

 サルビアは、魔法の銃をマスターする期間の、最長記録保持者なのだ。

 ナズナの急速成長によりドべになってしまったサルビアは、負け惜しみにもなっていないような負け惜しみをナズナにぶつけた。

「あ、あはは……」

 何と答えていいか分からず、ナズナが苦笑いを浮かべると、スイレンがサルビアの脇腹を思いきり小突いて黙らせた。

「おめでとう、ヒナゲシ。明日からはこのメンバーでパトロールに行けるね」

「え? そうなんですか?」

「あ……ああ。カトレアは頼りにはなるんだけど、その分事件に会う率も高いというか。カトレアの班に新人を加えるのは、もう少し場数を踏んだ後の方がいいだろうって。まあ、この間のは、かなりのレアケースだったけどな。カトレアもヒナゲシを危険な目に合わせてしまったって、意気消沈してたしな。しばらくは、別れて行動したほうがいいだろうし」

 脇腹をさするサルビアの目には、涙が浮かんでいた。

 どうやら、ナズナが活動を休んでいた間に、話がまとまっていたようだ。

 金曜日の一件は、ナズナの魔法少女生命を脅かす大事件だったが、しかしそのおかげで得た者もあるようだ。

「そっか。じゃあ、ついに、このメンバーでパトロールに行けるんですね!」

「おう!」

 ナズナは、両手を握りしめて勢い込んだ。

 サルビアがニカっと笑って答える。 浅黒い肌にスラリとした肢体。ショートカットのどこか少年っぽさが漂う南国系美少女のサルビアには、こういう表情がよく似合った。

「これでようやく、胸を張ってユリハナさんに会える!」

「ん? ああ。そういや、ヒナゲシはユリハナに助けられたんだっけ? 礼を言いたい気持ちは分かるけど、騒ぎ過ぎないように気を付けろよ。キキョウたちにバレたら、面倒くさいことになるからな」

「あ、は、はい?」

 まるで他人事のようなサルビアの言葉に引っかかりを覚え、ナズナは内心首を傾げる。


 考え込んでいると、息を呑む音が聞こえた。

 ハッとした表情で廊下の北を見ている、プリムラとスイレンの視線を追う。

「声が聞こえると思って様子を見に来てみたら、あなた達か。邪魔したわね」

 赤い髪の魔法少女が、ため息をつきながら北階段へと引き返そうとするところだった。

「ま、待って! 待ってください! ユリハナさん!…………ユリハナ!」

 ナズナが駆けだした。

 階段までたどり着いて下を見下ろすと、丁度階段の折り返しに差し掛かっていたユリハナと目が合う。

「なんなの?」

「あ、あの! この間は、ありがとうございました! 助けていただいて、ありがとうございました」

 階段の上でナズナは深々と頭を下げる。

 対するユリハナの声は、素っ気ないものだった。

「ああ……。別に、気にしなくていいわ。私はただ、ヘビを倒しただけ。あなたが助かったのは、ただの結果に過ぎないわ」

「それでも! 助けてもらったのは、事実です。それに、あたし、その前にも助けてもらったことがあるんです。覚えてないですか? 一年二組の教室で助けてもらって、北校舎への連絡通路まで送ってもらって。あたしが忘れてた、カバンを持ってきてもらって、その……。いろいろ、ありがとうございました」

 ゆっくりと階段を降りていくナズナを、ユリハナは待っていてくれた。

 ユリハナの目の前で、もう一度ぴょこんと頭を下げると、ユリハナの手が伸びてきて、ナズナの三つ編み輪っかを突いた。

「…………そう言えば、この三つ編み、覚えがあるわね。ふうん? 可愛い髪型よね。これ、毎日自分でやっているの?」

「は、はい!」

 頭を下げたまま、盛大に顔を赤くしてナズナは答えた。

「器用なのね」

(ほ、ほめ、褒められた……!)

 ユリハナの手は離れていったけれど、ナズナはまだ顔を上げられずにいた。

 一人感動に打ち震えていると、頭上から声が降ってくる。

 プリムラだった。

「ユリハナ。あなたと話がしたい」

「私には、話すことなんてないわ」

 初めて会った時のように和らいでいたユリハナの雰囲気が、また固さを取り戻していく。

「私は、天使と悪魔の正体を知りたい。この学園で、何が起こっているのかを知りたい。この学園には何かがいる。天使と悪魔と呼ばれている何かが。私は、その本当の正体を暴きたい」

 立ち去りかけていたユリハナの足が止まった。

 ナズナがゆっくりと顔を上げると、ユリハナは階段の上を見上げていた。プリムラを見つめるその瞳には、ナズナにはよく分からない不思議な光が浮かんでいた。

「それで?」

 ナズナの目線の先で、ユリハナの唇が動いた。

「あなたの身に起こったことを知りたい。あなたとリリアナの間に、あなたとカトレアの間に、一体何が起こったのか。きっと、それは、天使と悪魔の謎を解き明かすためのヒントになる……」

 ユリハナの唇が、震える。震えて、それから、キュッと固く引き結ばれた。

 そのまま。階段の下へ足を動かす。

「話すことはないわ。余計なことに首を突っ込むのは止めておきなさい。無事に卒業したければ」

 プリムラも、ナズナのことも、一瞥だにせず。

 ただ、前だけを見つめて。

 ユリハナはそう言い捨てると、階段の下に消えていった。


 追うことは、出来なかった。


 立ち尽くしていると、プリムラが階段を降りてきて、ナズナの腕を掴みながら耳打ちしてきた。

「言いたいこと伝えられたし、今日のところはこれで良しとしよう? これで終わりじゃない。まだ、次があるんだから。ほら、戻るわよ」

 プリムラはナズナの腕を掴んだまま階段を上る。仕方なく、ナズナは引きずられるようにしてプリムラの後をついていく。

(プリムラは、一体……?)

 いろいろと聞きたいことはあったが、何から聞いていいのか分からない。

 ユリハナとカトレア、ユリハナとカトレアの間に…………起こったこと?

 天使と悪魔の、謎?

 悪魔は兎も角、天使の謎とは、どういうことなんだろう?

 何も分からないまま、ただ足だけを動かした。


 階段の上では、スイレンとサルビアが心配そうに待っていた。

「大丈夫? なんか、モメてた?」

「いえ。そういうわけではないので、大丈夫です」

 スイレンにプリムラが答える横で、サルビアはナズナに話しかける。

「お礼は言えたのか?」

「は、はい」

「そっか。良かったな。ま、これで、憂いなくパトロールに集中できるな。ああ、今日のことはキキョウたちには黙っててやるから、ユリハナのことは忘れて、これからしっかり励めよー?」

 笑いかけてくるサルビア。

 聞き間違いをしたのかと思った。

(そうだよね? ユリハナを忘れろなんて、サルビアがそんなこと言うはずない。だって、サルビアは……)

「あ、あの。サルビアも、ユリハナに助けられたんですよね? サルビアはもう、お礼は伝えてあるんですか?」

 聞くまでもないと思いつつも、そう質問していた。

 ユリハナに助けられた経験があるとサルビアは言っていた。スイレンも、その場に居合わせていたと。そのせいか、二人とも、ユリハナのことをそんなに悪くは思っていないようだった。事情があるなら、話を聞いてみたいと言っていた。裏切り者の誤解を晴らしたいと思っているナズナの、頼りになる協力者のはずだった。

 だから、ナズナの質問への答えがイエスであれノーであれ、最後には、ユリハナのためにこれから頑張ろうぜ、的なことを言ってくれるのだと信じていた。

 けれど。

 答えはそのどちらでもなかったし、ナズナが期待していたことを聞くことは出来なかった。

 サルビアは不思議そうに首を傾げた。

「ん? 何言ってるんだ? オレは、ユリハナに助けられたことなんかないぞ? 誰かと勘違いしているのか?」

「金曜日に怖い目に合ったから、記憶が混乱しているのかな?」

 予想外の答えに硬直していると、スイレンが優しいお姉さんの顔で、気遣うようにナズナの顔を覗き込む。

 二人とも、嘘を言っているようには見えない。

(ユリハナに助けられたことを、覚えてない…………?)

 信じられない思いで、二人を見つめる。足が、ガクガクと震えた。

 そして、思い出す。

 ヘビに襲われて、友達のことを忘れてしまった三組の子の話を。

 今日、廊下で変身した時のことを。目の前で変身したはずなのに、ナズナがヒナゲシだとは気づいていないようだった生徒たちのことを。

 前者はヘビで、後者は天使の力によるもの……のはずだった。

 では。

 では、これは。

 誰の力なんだろう?

 ヘビのせい?

 それとも、ユリハナは裏切り者だって思っている天使様が…………?

「プリ……ムラ…………。プリムラは、覚えるんだよね? みんなで、ユリハナの話を聞いて、真実を解き明かそうって、みんなで決めたこと……」

 いつの間にか、ナズナの隣に立っていたプリムラの、制服の袖の辺りを掴む。

「もちろん。覚えている。あなたよりも、よっぽど」

 よっぽどの意味はよく分からなかったけれど、兎に角、その答えに安堵した。覚えているのは、ナズナ一人ではないのだ。

 ナズナは震えながら、プリムラの腕に縋り付いた。

 サルビアとスイレンは、どうかしたのかな? とでもいうように、ナズナの様子を窺っている。純粋に、心配してくれているのだということは分かっていた。


 目の前にいるのは、今までと何も変わらない、優しくて頼りになる先輩魔法少女二人だ。

 様子のおかしいナズナのことを、心配してくれている。


 なのに。

 だからこそ。

 ナズナには、二人が。


 なんだか得体のしれないナニカにしか、見えない。


(なんで? なんで、こんなことに、なっちゃったの?)


 震える声に、答えてくれるものはいなかった。



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