「これから、どうする?」
定家様達の話声を背中に感じながら、渡殿を後にしようとすると義宗がつぶやいた。
その手にはどこで仕入れたのか疑問が残るキジの干し肉が揺れている。
お前、金なかったよな。
まさか、定家様の屋敷を物色して盗んだとかは頼むからやめてくれよ。
「私の予定をおじさんに言う必要がありますか?」
干し肉の出どころを聞く変わりに、おじさん呼ばわりすると予想通り眉が上がっていく。
よし。名前呼びの効果はあるんだな。
幼稚な事をしているとは分かっているが、なぜだか、嬉しいのはコイツのせいで金が消えていくせいだ。それに俺の事も頑なに貞暁呼びしないんだから、お互い様だ。
そう、納得させても、胸が痛いのは多分、俺って人が良いからだよな。
「もちろんだ。また、刺客がどこから現れるか分からないんだからな」
「先日の件以降、物騒な目に会っておりませんから大丈夫でしょう?」
「油断している時が一番危険なんだぞ!」
まともな事言ってる!
いやいや、感動している場合か。
未だ危険なのは分かってはいる。
住蘭も俺を殺せば、幕府から金が入ると漏らしていた。
という事はやっぱり、裏で糸を引いているのは北条家か?
うわっ!胃が痛くなってきた。
それでも、ここ数日。不気味なほど静かなのも事実だ。
このまま、何事もなければいいんだがな。
「武丸様?」
「ああ…。ちょっと考え事をしていました。今からですよね。昌家様のお屋敷を訪ねようと思っています」
「この前、訪ねた屋敷の御仁か」
「そうです。姫君の死からそれほど立ってはおりませんし、お心を痛めておられるはず。何かできる事があれば、手を貸すのも僧というものでしょう」
だから、鎌倉殿なんてつゆほども考えていないのだと義宗に伝えるように力強く宣言した。
そのつもりなのだが…。
「ふ~ん。そうか」
堅そうな干し肉を噛みちぎる義宗は全く俺の話を聞いていない。
お~い。嫌味も込めたんだぞ!
なぜ気づかない!
そもそも、お前の中に満腹という概念は存在しているのか?
ずっと、何かを頬張ってるよな?
分からん男だ。
「あの、私も一緒に行ってもよろしいですか?」
「因子様…」
彼女もいたの忘れていた。
「よろしいのですか?」
小さく頷く因子様にどう返していいか分からん!
この方だってご友人の死はまだお辛いはず。
浪子様の思い出が残られる屋敷に連れて行って良い物なのか?
「いいんじゃね?」
義宗!
お前が決めるなよ!
「実は浪子様の忘れ物を預かっているのです。それをあの方のお父上様にお返ししたいと思っていましたから」
一人で行かれるよりはマシか。
「ではご一緒いたしましょう」
「ありがとうございます。では、支度をしてまいります」
そそくさと寝殿に消えていく因子様を見送ると、どこからか風が吹いてくる。
「おっ!あれはタカ丸!」
「誰?」
大空に手を振る義宗の視線を追えば、羽ばたく小さな鳥が舞い降りてきた。
「俺の居場所がよく分かったな」
「えっと?」
「武丸様。コイツはタカ丸。父上の家臣の一人だ」
どうみてもハトだよな。
タカ丸じゃなくてハト丸の方が良いんじゃないのか?
しかも、俺の幼名と被ってるし…。
新手の嫌がらせにあってる気分になる。
気のせいか?
そうであって欲しい。
「誰が名付け親で?」
「俺だ」
高らかに宣言するな。
やっぱり、一発殴っとこうか。
いやいや、落ち着け。これも試練だ。
つぶらな真っ赤な瞳が睨んできているのもおそらく、気のせいだ。
すべて、気のせい。気のせい!
ああっ!
やっぱり、すべて忘れて山にこもりたい。
それが無理なら、俺を修行に戻してくれ!
「伊達の父上の文を届けてくれたのか?」
「そのような芸当ができるのですか?」
「そうだ。タカ丸は頭が良いんだ。人間の言葉も何のその」
「へえ~」
なるほど。これが噂に聞く伝書鳩か。
「タカ丸。この方は我らが主君だ。粗相のないようにな」
ハトに言うのもどうかと思うぞ。
その前にハト丸…じゃなかったタカ丸の首を掴む力強すぎじゃねえ。
折れないか心配になってくる。
義宗はどこか粗暴な所あるからな。
「タカ丸は私が持ちましょう」
「ああ、頼む」
「おじい様はなんと?」
タカ丸を捕まえたかったのだが、彼は優雅に羽を広げ、俺の頭の上を定位置に決めたようだ。
「こら、タカ丸。武丸様の上に立つんじゃない!」
再び鷲掴みにされ、タカ丸は義宗の懐の中に消えていく。
収納するのか?
ええっ!
目の前の光景に呆気にとられる中、義宗は文を広げた。
「早く武丸様を連れてこいだそうだ。今は
あのさ。じじい!逃げてる身なんだから居場所記すなよ。
いや、でもあの国はまあまあ、広いし、見つかる心配は危惧していないって事なのか?
なにせ、幕府にあらぬ欲を抱いても今も生き延びている男だ。
行き当たりばったりなわけではないはず?
まあ、俺はじじいの事、ほとんど知らねえんだけど。
――
現伊達家当主。娘が頼朝の子…つまり俺を生んだ事で北条家から睨まれても上手くたち回ってきた猛者でもある。それが今になって俺を担ぎ出そうとするとはな。
迷惑この上ない。
しかも、失敗したのに諦めてない。
うわっ!やだな!
そもそも、俺を呼び寄せてどうする気だよ。
やけを起こしてるんじゃないだろうな!
「畑仕事も面白いが、可愛い孫のためだ。北条家に一泡吹かせてやる時は近いとも言っている。なんと、心強い」
なんで、お前は感動で泣いてるんだよ。
じじいも畑仕事が楽しくなってるなら、そのまま、作物でも育てて過ごしてもらえませんかね。
幕府の刺客の方も目を光らせなきゃならないが、こっちの方を先に片付けるべきだ。俺の知らない所でまた決起でもされたら、それこそ、命がない!
非常に由々しき事態だ。
「お待たせいたしました」
急いで戻ってきた因子が見たのは、感無量とばかりに泣いている落武者と眉間に皴をよせ、青白い表情を浮かべる僧というおかしな組み合わせであった。