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第20話 尋ね人

住蘭の一件から数日後。


「貞暁殿!瘴気が!」

「定家様。ですからね」


定家に抱きすくめられる貞暁は未だ定家屋敷にとどまっていた。


高野山に行くのは先延ばしにしたが、寺にも戻れないとは…。

想定外すぎる。


「なんだよ。定家殿が助けてくれって言ってんだから、呪文の一つでも唱えてやればいいじゃん」


呪文じゃねえし…。


そもそも、メシ食うか?

みたいなノリで唱えて良い物ではないんだよ。

鬼言というものはさ!


何より、解せないのは、


「どうしておじさんは屋敷の主みたいな風貌で居座ってるんです?」

「定家殿がいつまでもいてくれて良いって…」


余計な事を!


恨みの意味を込めて、定家様を睨んでも全く気付いてもらえず、泣き出しそうな公家の御仁と睨めっこ状態である。


本当に、マジでなんなの。

この人達!


「お父上様。貞暁様を困らせないでください」


着物を翻し、定家様を引きはがしたのは因子様であった。


「ありがとうございます」

「いいえ。貞暁様はお友達ですから」

「あれから体調はどうでしょう?変わった事などは?」

「元気そのものですわ」


私にお任せくださいと言いたげに自身の胸を叩く因子様の表情は明るい。


ただし、板敷きの床に這いつくばる定家様を軽く足蹴りするのはどうかと思いますがね。


「因子。父に対して、扱いがひどくないか?」

「自業自得です。ちょっと、和歌に詳しいからと言って、好き勝手なさるから」


おっと、これは親子喧嘩勃発か?

屋敷に滞在してからそれほど長くは立っていないが、この光景をすでに10回は見た気がする。

また、うるさくなりそうだ。


「おおっ!やれやれ!」


義宗!

煽るなよ!

はあ…。やっぱり、高野山に登ろうかな。


「にぎやかだな」


貞暁が意識を遠くに飛ばそうとしていた矢先、渡殿から足音が聞こえてくる。

現れたのは定家様とよく似た装束を着こむ男。

年齢は定家様より少し若いか?


通具みちとも!お前、何しに来た?」

「義兄を訪ねるのに理由がいるのか?」

「それはすえ子と別れなければの話だろう。妹を追い出して他の女とくっついておいて、よく顔を出せたものだな」

「お前だって妻は一人ではなかっただろ?」

「私はきちんと別れた後に迎えたぞ。一緒にするな」


うわっ!公家の男達の生々しい結婚話とか他でやってくれよ。

というか、のほほんとしている定家様もやる事はやってんだな。

なんか、気持ち複雑になる。


「心配するな。すえ子の方だって楽しくやっているようじゃないか。歌人としても、俺や定家よりも評価されている」

「お前みたいな出がらしの歌しか詠まない男と一緒にしないでくれ」

「定家はあまのじゃくだからな。で、そっちの姫君は因子様として、こちらのお二人はどなたで?」


因子様はそっぽを向いた。あまり、通具という方を快く思っていないらしい。


「貞暁殿と伊達義宗殿だ。私と因子の友人でな」

「ああ、君がね。初めまして。私は源通具みなもとのみちとも。定家と同じく公卿の列に並んでおります」

「通具様。お初にお目にかかります」


貞暁は着物の裾を合わせ、丁寧に礼をした。


「ああ、そういうのいいよ。だが、へえ~。なるほどね」


通具様は品定めでもするように貞暁を下から上を眺めていく。


なっなんだよ。

不気味だな。


「定家を篭絡する僧とやらが、どんな男かと思ったがまだ、青二才じゃないか。一体、どんな方法を使われたので?」

「通具!貞暁殿に失礼だろう!」

「そうですわ」


通具様に掴みかかりそうな勢いの定家様と因子様はいつもの事だから放っておくが義宗よ。

頼むから刀から手を話してくれ。

貞暁は今にも斬りかかりそうな叔父の行動に注視するのに必死で喧嘩を売られている事などそっちのけであった。


「この場にいる全員をすでに手中に収めているか。恐ろしいな。よもや先日、斬首された僧の一味だったのではあるまいな?」

「通具のおじさま。貞暁様はあの一件を解決された功労者でらっしゃるのですよ」

「因子様。法難を鎮められたのは上皇様です」


通具様は実直に物を言う方のようだな。

しかし、因子様の方はずっと不服そうなんだが?


「上皇様に進言されたのは貞暁様です。お忘れなきように」


通具は呆れたようにため息をついた。


「定家は娘にどんな教育をしているんだ?ただの見習い僧がお上に伝手があるわけないだろう」


――カチャッ!


「貞暁様を愚弄するか?仮にも…」


ぎゃあっ!

義宗が本格的に刀を抜こうとしてる!

だから、血の気が多すぎるんだよ。

ひとまず深呼吸でもしてくれ。


「義宗!」

「はい」


おじさん呼びをやめると背筋伸ばすんだよな。

今初めて知ったことだが…。


「構いません。通具様のおっしゃる通りでございます。僧の犯した過ち。同じ道を辿る人間として心苦しく思っております」


やっべ…。義宗の奴、絶対、俺が頼朝の息子だって高らかに宣言する気だったじゃねえか。

勘弁しろよな。俺の出自を知らない人にあえて、明かす理由はないだろ。

それに俺を一人の僧として見てくれている。


貞暁は通具の嫌味よりも嬉しさが増して、彼の高感度はなぜか上がっていた。


「心苦しいとは、何とも他人事ですな。噂によれば、最近流行り出している疱瘡も奴らがまいた種という話だ」


疱瘡が流行っている?


「なんだ。把握しておられないのか?修行をおろそかにして、定家の屋敷に入り浸っているためではないのか?」


よく言ってくださった。

そうなんです。俺は帰りたいんです。


「貞暁様は私を心配して居てくださっているのだ。これ以上、その方を愚弄するようなら、追い返すぞ」


定家様。折角、義弟。いや、聞いた所だと定家様の妹君の元夫が俺の処遇に苦言を呈してくれてるんだから、聞き入れてくれればいいのに。

そうすれば、俺は寺に帰れる。


「悪かった。話がそれたよ」

「本当に何をしに来たんだ」

「それは二人になったらな。それより、最近、昌家を訪ねたか?」


お亡くなりになった因子様のご友人のお父上の名だな。


「いや。そっとしといた方が良いと思ってな。様子を見に行った方がいいと思うか?」

「やめとけ。完全におかしくなっている」

「どういう意味だ?」

「ああいう事態になった故、参内しなくなったのは理解できるし、悲しみに暮れるのも当然だ。しかしなあ…。逆に妙に高揚しているのだ。もうすぐ娘に会えるとさえ吹聴しているらしい」

「それは、むしろ放っておけないのでは?」

「いやいや、娘が戻ってくると思い込まなければ自分を保てないのだろう。哀れな事だ」


昌家様か。住蘭殿が起こした悲劇は未だ尾を引いている。

俺に何かできればいいのだが…。

それに娘が戻ってくるという言葉も気にかかる。

一度、訪ねてみるか?


「さて、若者達にはしばし、退場してもらいたいね。定家に折り入って話があるものだからな」


座り直した通具と定家に一礼した貞暁の鼻に一瞬、鬼力の香りがかすめる。


「貞暁殿?」


固まる貞暁に通具の神妙な視線が突き刺さった。


「失礼しました」


出ていく因子と義宗の後に続くが、頭の中には野心に溺れた僧の顔が浮かんでいた。

だが、きっと気のせいだ。

話題に上ったため、過敏になっているのだろうな。

何せ、彼は早々に斬首されて、もうこの世にいないのだから。

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