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第18話 戦

「随分な言い様ですね。貞暁殿…一体何様のつもりです?高々、頼朝の庶子風情が思い上がるな!」

「私は自分の出自を鼻にかけた覚えはありません」


むしろ、隠したいぐらいだよ。


住蘭…。一体、この男の中にどれだけの人の感情が残されているのだろう。

非常に珍しい状態だ。

通常は悪鬼の声に耳を傾けた時点で死が待っているというのに…。

人の身のままに負の気を振りまいている。


しかも、鬼力を神からの授かり物だと誤解しているとは…。


予想は出来なかったよ。

だが、仕方がないか。

この男には誰もその力の本質を教えてくれる者などいなかっただろうから。

そういう点では俺はツイてる。

悪夢ではあるが、こうして長らえているのはあの運命の夜があったからだ。

出なければ、母上に殺されていたか、もしくは俺が亡き者にしていたかもしれない。

もしかしたら、もっと多くの者を手にかけていたやも。

そう思えば、住蘭という僧に己を重ね合わせてしまう。


俺も同じような人生を歩んでいたかもしれないからな。

いや、同類という表現は合わないか。

むしろ、人ならざる者を内に飼っているという点で言えば、義宗に似ている。

決定的に違うのはアイツは義経の姿を持つ”何か”に依存していない点だ。


住蘭とは異なる。おそらく、完全に悪鬼に取り込まれているのだ。

さらに言えば、悪鬼はこの僧の感情を学び、寄生している。

それは初めてあった時に奪い取った鬼力からも推測できる。

なぜなら、命ある者が必ず持っている生気の気配が全く感じなかったからだ。

同じような存在である俺ですら、鬼力の中に生気が含まれている。


つまり、住蘭殿の命はすでに終えていると思った方が良いのだろうか?

それでもその口で野望を話すのは悪鬼の式鬼のような状態ゆえか?


悪鬼が人間を式鬼にするなど聞いた事はないが…。

奴らには知性という物もない。ただ、破壊と混沌をもたらすだけ。

誰かを従えるという発想すら湧かないであろう悪鬼に自我でも芽生え、人を顎で使いたくなったとでもいうのか?

それとも、住蘭が特別だとでも言うのか?

ここで考えあぐねても、答えは出ないだろうな。

どのみち、あの男が神だと思っている悪鬼と体を共有している状態であるのは変わらないのだから。


――シュッ!


貞暁の足元に弓矢が迫ってきた。


あっぶねえ!

そこら中に弓矢や刀を構えた武士どもがこちらを睨んでいた。

住蘭の式鬼達だ。


厄介だな。

悪鬼とは何度か対峙してきたが、戦い慣れているわけではないんだ。

こう数が多くちゃ、せっかく仕込んだ手が成功するか怪しくなってくる。

しかも、相手は戦に心得のある連中なわけだしな。


「貞暁殿。頼朝様から続く血…。さぞや、強い力をお持ちでありましょう。味方してくださらぬと言うなら、せめて、その身は頂くといたしましょうぞ」


立ち込める鬼力の膨らみに咽る。


うわっ!

俺を式鬼にする気満々かよ。


鬼力の塊はうねり、巨大な蜘蛛の糸のように、貞暁をからめとろうとする。


させるか。


貞暁は両手を組み、口元へと摺り寄せ、鬼言の通り道を作った。


落ち着け。

いつも通りにやればいい。

口笛を奏でるように高音が鳴り響く。

数百に上る鬼言は記号として出現し、貞暁を取り囲むように結界を作った。


「歯向かうか。ああ、腹が立つ!」


さっきから言動が不安定だな。

それは危険度が増している証拠でもあるが…。


その証拠とばかりに不自然に首を曲げる住蘭は一歩、踏み込んだ。

それと同時に貞暁の両足は地面に食い込んでいく。


想像通り、住蘭の力は強いな。

それほどに奴の中に潜む野心が大きいのか?

それとも飼っている悪鬼が強力なのか?


肌に砂埃が当たって地味に痛てぇ!

クソッ!

俺の出がらしみたいな鬼力じゃ、身を守るだけで精一杯だ。


はあ…。しんどい。

どいつもこいつも頼朝頼朝うるさい!

誰も俺の願いなんて聞きやしない。

朝廷だろうが幕府だろうが、紡がれた歴史の中で多くの血が流されてきた。

そのせいで数多の悪鬼が誕生したのだ。

その負の連鎖は今も瘴気という形で都に充満している。

幕府も同様だ。


この俺の身にだって…。


母上と離れ離れになったのもそのせいだ。

もう、すべてがうんざりだ。


絶対、これが解決したら高野山に登ってやる。

武士の頂点という権力闘争になんて絶対巻き込まれてやるもんか!

そうさ。そのために準備をしてきたのだ。

こういう面倒事への嗅覚は意外と冴えている。

付け焼刃なのが痛い所だがな。


「ああああっ!」


そうは言っても、数十人に上る武士達も相手にしなければならないのはキツイ。

ほら、言ってる傍から距離を縮めてくるしさ。


鈍い刀を抜く音と同時に鬼言の結界に亀裂が入った。


間近で見ると刀の躍動感は恐怖だな。

どうやって切り抜ける?

いや、状況を打破する方法なんてそもそもあるのか?


「さあ、どうされます?貞暁殿?」


絵に書いたように煽られているな。

なんだか、落ち込むよ。

そもそも、俺は何をやっているんだ?

奴らを倒す義理などハッキリ言ってないだろ。

正式に官職を頂いている陰陽師でもないのだ。

いっそ、逃げるか?

そんな風にも思うが、その考えは一瞬のうちに消えた。

いや、ここで何もせずに去れば、それこそ、この身は悪鬼に落ちてしまう。

そうなれば、頼朝と同様に沢山の人の命を奪う事になりかねない。

あの男が斬ったのは覚悟を持って、戦いに挑んだ武士達ばかりではあるがな。


見習い僧の俺と鎌倉殿を比べるのはお門違いか。

今さっき、高野山に行くことばかり考えていたくせに何を思っているのか?

我ながら笑える。

正直、源頼朝を父だと思った事はない。幕府創設者たるその男と会話した記憶はほんのわずかだ。

それでも、武丸と呼ばれた声は耳に残っている。

とても、穏やかで優しい男のものが…。

だから、振りほどけないのだ。その男が作った幕府を潰したいとは思わない。


例え、誰も彼もがその血筋だと敬い、ある時は脅威として排除しようと追手を差し向けられても…。


しかし、それも最後かもしれない。

微々たる鬼言を使えるからと言って、このような無謀な戦いに身を投じるなど…。

戦を好む武士と大して変わらないのかもな。

この俺も…。


貞暁はこの先、どうしたものかと思いながらも、諦めがちらつく始めた時…。

その障壁が頬すれすれをかすめた。


「ぐあっ!」


迫ってきていた武士達の胸や足に矢が突き刺さり、倒れていく。

振り返ると闇夜に照らされる義宗が塀に足をかけ弓を抱えていた。


「何をやっている?」


貞暁は思わず、声をあげた。


「あんな言葉で俺が引き下がると思ったか?心配するな。文はちゃんと定家殿に渡したぜ」


ああ…。言われた事は出来る男なのか。

俺は何を納得してるんだよ。

しかも、全部良いところ持っていきやがった。

妙に嫉妬するのは修行が足りないせいだろうか?


「でっ!奴らを蹴散らせばいいんだな?」


盛大な笑みを称える義宗に返す言葉が見つからない。


来たものは仕方がないか。


「武士方を頼みます。私は住蘭殿を…」

「僧同士の一騎討ちか。それは見ものだな」

「何でも戦に結び付けるな!」

「おっ!腹の座った武丸様は頼もしい」


こいつと話しているとやっぱり、疲れる。


武士達と刀を交え始めた義宗に背中を向け、貞暁は懐から鬼言を書き記した書を広げる。


苦労して記したのだ。

頼むから、ちゃんと機能してくれよ。


「何を始める気でしょう?」


住蘭の視線はさらに不気味な色に染まっていく。


天下を取るなど馬鹿馬鹿しい。

絵巻に記される怪物の姿になり果てた男に誰がついてくるというのだ。


再び、迫ってくる蜘蛛の糸をよけ、貞暁は前に進み出た。

風に乗り、書は宙を舞い、住蘭を包み込む。


「これは…陰陽術?」

「残念ながら違います。これは貴方と同じ力。闇に通じるものですよ。お分かりになるでしょう?」

「なるほど、闇か…うっ!」


薙ぎ払おうとすればするほど、ピリッとした音をたてて書は住蘭の体に張り付いてく。


「苦しいでしょう?貴方の鬼力と相違あるように書き上げましたから」


折角、ぶんどった住蘭の鬼力は義宗に粉砕されてしまったのが惜しい。

それでも、練り込むだけの力は保持していた俺って凄いだろ。

自分で慰めてもむなしいだけなのは気づかなかった事にしておこう。


「どうやら、私は貴方を見くびっていたようだ。ですが、忘れはしないでください。幕府は血に飢えている。その悪意から逃れる事はできないのですよ。貞暁殿、同じ景色を見られなくて残念…」



そんな事、とうに分かっているさ。

それでも、抜け出したいと思うのはいけない事のか?


住蘭の姿は完全に書に覆いつくされて見えなくなる。

貞暁は指を強く結び、息を吸い込んだのであった。


「快っ!」


響く貞暁の声と同時に書に記された鬼言は怪しく光り、燃えていく。

鬼言は多くを重ねる事で力を増す。その文字数を書という形で補ったのだ。


「うわああっ!」


弾ける鬼言の中心で住蘭は悲鳴をあげ、地面に倒れ込んだ。

廃寺に冷たい風が吹き抜けていく。

それを合図に貞暁は地面に膝をついたのであった。

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