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第13話 腹の探り合い

貞暁は内心、恐れ慄いていた。


「僧侶殿に訪ねて頂けるとは光栄な限りです」


目の前に立つ住蘭という僧から発せられ鬼力が肌をピリつかせる。


完全に挑発されている。

だと言うのに、その佇まいは涼しげで穏やかなものだ


恐ろしい男だ。

大勢の信者達の中に紛れていた貞暁の鬼力を嗅ぎつけて、真っ先に確認しに来たのだ。


多くを語らずとも分かってしまう。これが同類のさがか?


こっちはひどく緊張しているというのに…。

それを隠すだけで必死だ。


これほど近くにいても住蘭という僧は人だ。それは分かるのに恐ろしく強い鬼力を帯びている。

解せない。数少ない瘴気が視える者の力の由来だって多くは神聖な気である霊力だというのに…。


本来、鬼力とは悪鬼…そしてそれらが起こす悪疫に通じる力で、人が持つ事などありえないのだ。

だから、俺のように死の縁に足をかけ、人ならざる者との境界線を彷徨う者はとても珍しい。

むしろ無いにも等しいからこそ、ばあさんはずっと不思議がっていたのだ。


その得体の知れない存在であるこの身であっても持ち合わせる鬼力は高々知れている。

だというのに、住蘭という僧から感じる気配は名だたる悪鬼に匹敵する。

そう、直感するのはなぜなんだ。


何よりいら立つのはこっちは悪鬼どもから身を守るだけで必死だという点だ。

それなのにこの僧を名乗る男は余裕しゃくしゃくに笑みを称えている。


こんな事で心乱されるとは俺も修行が足りないな。

でも仕方がないだろ。

ここにいるだけで酔いそうなんだから。


ああ…吐き気がする。


圧倒的な力の差を見せつけられているのだ。


本当に何者だ?


疑惑は膨らんでいくが、動揺を悟らせてはこの男に意識を持っていかれる。

明らかに喧嘩を売られているこの状況でそれは避けたい。


「お邪魔してしまい、申し訳ありません。随分と賑やかなものでしたから、足が向いてしまい…」

「構いませよ。同志様の来訪はいつでも歓迎いたしますゆえ」

「同志とおっしゃいますと?」

「僧侶である身は誰であろうと仏を学ぶもの。目指す先は同じでしょう?」


仏か。


悪鬼の間違いではないのか?と言いたくなった。

鬼力の使い方も上手い。

この最中でも放たれる鬼力が増している。

ここで乗れば、負けるだろう。

だが、何もしないというのも癪に障る。


貞暁は自身の周りに鬼力の幕を張り、住蘭から送られてくる鬼力を押し返す。

静かなる攻防戦は続くが、誰もその戦いに気づかない。


「実を言いますと、友人を探して、訪れたのです」

「ほう…」

「藤原定家殿の姫君が熱心に通われていると聞いたもので…」

「どうであったでしょう?ここには数多の公家の方々もおられるので…。もちろん、姫君もね」


確かに見渡してみるとまだ、年若い公家の娘達が多い。

彼女達は住蘭に熱のこもった視線を向けているのに感づく。

確かにこの男は容姿が整っている。

僧相手とはいえ、心動くのであろう。


いや、中には僧だから良いと言う者もいると聞く。

現世と離れているのが心に来るのだとか…。


「では藤原昌家様の一ノ姫様は?」

「存じませんな」

「ご自身を信仰してくださる方を把握しておられないのですか?」

「お心ぐるしい限りであります」


どの口が…。

行け好かない。

この男が何を考えているのか分からない以上、ここで相手を続けるのは危険が大きいか。

だが、どうやって、引き下がるべきだ?

下手に鬼力の幕を消すと、怪我をしかねない。


貞暁は考えを巡らせていた。

そんな時、義宗の姿が目に止まる。


アイツ、呑気に欠伸などして…。

緊張感のない奴だな。


「義宗殿」

「おっ!」


義宗に声をかけると、住蘭が視線が貞暁からそれた。


今だ。


自身が生成した小さな鬼力を住蘭の中に流れる鬼力に絡め、引きちぎった。

ごみくずを拾うような微量のその塊を自身の鬼力で覆い隠し、懐の中へとしまい込んだのだ。


「連れが帰ってきたようですので、そろそろ失礼いたします」

「最後まで見ていただきたかったですのに…」

「またの機会にいたします」


貞暁は静かに頭を下げ、何も知らぬ風な義宗の腕を引っ張り、そそくさと廃寺を後にした。


あそこは気が悪い。

背の向こうで、文字にならない念仏が聞こえてくる。

そのすべてが支離滅裂で念仏になっていない。

そこだけなら、胡散臭い僧侶もどきで済んだのだがな…。

懐で蠢く住蘭の鬼力が意思を持つように無造作に動いている。


なるほど。

危険を冒して、ぶんどった甲斐は合ったかもな。


「ところで、姿が見えませんでしたがどちらへ?」

「念仏がうるさくて、耐えられなかったからちょっくら厠にな」


どこまでも自由な奴だな。

そんな感じでよく御家人をやってられたものだ。

むしろ、その緩い性格ゆえに処断を逃れて、生き延びているのか?

分からない男だ。


「そういや、あそこには素性が不明そうな輩が大勢いた」

「貴方のような落武者ですか?」

「一緒にしないでくれよ。奴らは金でなんでも動く連中だ。絶対にな」


意外とよく周りを見ているんだな。

仮にも戦に身を置く者ゆえか?

さらに言えば、厠と言っているが着物に血がついている。

戦ってきたのは明白だ。

おそらく、俺を殺しにきた者達と…。

やれやれ、こんな場所にまでくっついてくるとはな。


懐に隠していた住蘭から引きちぎった鬼力が弾けるのを感じる。


霊力?


そばを歩く義宗は気づいていない。

だが、その体を覆う白い靄が見えた。


抑えられていない殺気のせいだろうか?


義宗の中で得体の知れない力が姿を見せてきたようだ。

その心の中心に赤く燃える人魂がちらついている。


あれは…。

そうか。この男は…。


やっと、この男から感じていた違和感の正体に合点がいく。

こんな形で義宗という男の秘密を少し垣間見る事になるとは…。

しかし、今は脇に置いておこう。

心配なのはあの寺で起きている方だ。


披露されている念仏が鬼力である点を踏まえると、放っておけない。

放置しておくのは危険だと直感が告げている。

鬼力を使うという点だけでも恐ろしいのに、さらにそれを信者集めに利用している。

因子様や浪子様もおそらく、何らかの鬼力にあてられたのだ。

しかも、その魔の手は朝廷の中心にまで及びつつある。


住蘭、何も企んでいないとは言わせない。

師匠が危惧したように、嵐になるかもしれない。

とはいえ、義宗の言葉に物申したいとも思う。


「仏の道は誰にでも開かれています。落ちぶれた者とて同様です」

「さすが、武丸様。だが、仏もいいが、あれは救いを求めている手合いではない。野心を秘めている奴らだ」

「それは貴方の方では?」

「だからこそだ。ああいう者達は争いをもたらす。それを鎮めるためにも武丸様は鎌倉殿に…」


結局、そこに行き着くのかよ!


「断る!」

「そこを何とか。武丸様!」


義宗の声を無視して、帰路を急ぐ貞暁であった。

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