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第8話 思惑

えっと、右か?左か?

どこ見ても似たような道が広がるだけなんだよな。

京って分かりにくいぜ!

ここはいつものアレでいくか。


周囲を見渡す義宗は転がっていた枝を拾い上げた。


小っさ!

小枝しかねえのかよ。

しゃあねえな。


義宗が地面に突き刺した小枝を離すと、ゆっくりと態勢が傾いていく。


よし、右だ。

迷ったときはやっぱり、これに限る。

待ってろよ。武丸様!

絶対に鎌倉に連れていくからな。


義宗は名前も分からぬ十字路で拳を高らかにあげ、決意を固めたのであった。

その傍らには無数に転がる人影の山。


「うっ!」


その山の一部となっている人相の悪い男は小さくうめき声をあげ、刀を握り直そうとした。


「やめとけよ。それ以上、やったら本気で命を取らなきゃならなくなっちまう」


軽やかに笑うがその瞳に覇気を宿した義宗に男は諦めたように再び地面に倒れ込んだ。


「それでいい」


優しく男の肩を何度と叩くと義宗は大きく背伸びをする。


こっちはあらかた片付いたな。


動かなくなったそれらは一応、戦いの心得のある連中だった。

話す間もなく斬りあったから、確かめてはいないが…。


まあ、何人かは生きてるようだしよぉ、締め上げれば情報を引き出せるか?

だが、俺、そういうの苦手なんだよな。

大体、やりすぎて肝心な事を聞きだす前にお陀仏にさせちまうし…。


伊達の”父上”にも散々、お説教喰らった。

でも、今は一人だし、関係ねえか。


どっちにしても幕府の奴らの仕業なのは分かり切ってるのだから、片っ端から叩きのめせば済む話よな。


にしても、実朝は動きが早えな。

自分に歯向かう可能性のある武丸様の暗殺を案の定、はかりに来るとは…。

いや、あのお飾りの鎌倉殿の命令じゃないかもな。


母君の政子の言いなりだともっぱらの噂だ。

あくまで仲間内で囁かれていたものだが、多分、本当だろう。

何せ、伊達の”父上”もそう断言していた。


だから、そうだ。


義宗は誰も見ていない中で何度も頷いた。


つまりは幕府は実質北条家が支配している。このままの状態が続けば、そのうち、北条の者が鎌倉殿になると言い出すかもしれない。

伊達の”父上”はそれを危惧しているのだ。あの方はあくまで幕府は源頼朝様の血筋によってつながっていくべきだと考えている。故に同様の考えの御家人たちを味方につけ、騒動を起こしたのだ。


だが、時期を見誤った。

失敗して、この始末だもんな…。


これなら、伊達の”父上”の話に乗らずに大人しく好機を待っておくべきだった。

幻の若様のお守とかいう厄介な大役を任される事もなかったのによぉ。


まあ、京の都を一目見たかったから、これはこれでよかったというべきか。


俺としては北条が支配しようが、伊達が天下を取ろうがどうでもいいんだ。

”父上”の計画で、鎌倉幕府を引っ掻き回して、頼朝…あの男が作った遺産とも呼べる物が壊れてくれれば、それだけで、酒のつまみにはなるはずだ。


だが、一瞬に砕け散るのは嫌だ。

長い時をかけて、じっくりと…。

それが俺の願い。しかし、理性も働いている。


俺は頭が良いからな。


相手が大きな敵であるのは身に染みて分かっている。


この中に流れている血がそうさせるのか?

それとも…。

別の何かなのか?


考えてもロクな事ねえな。


とにかく戦の気配を読むのは長けているのだ。

だから、今は動くときではないと直感が告げている。

幕府に対抗するにしても、それなりの手札を揃えてからでなければ…。

”父上”はその辺りを読むのが下手だったのだ。


だから、逃げ回る羽目になっている。


俺はそんな間違いは侵さない。

この歳までずっと、おとなしく成りをひそめてきたのだからな。

だから、頼朝の血筋であろうとも武丸様をなんとしても味方に付けなくては…。


俺の野望のため利用させてもらうぞ。武丸様!

戦も知らぬ僧だ。きっと、容易いはず。


そう…。簡単だよな?


「また、十字かよ!」


クソッ!

武丸様がいる寺とやらはどこにあるんだよ!

おんなじ景色ばっかじゃねえか。

出口あるんだろうな!


こんな事なら何が何でも武丸様の首根っこ、捕まえておくんだった。

まさか、あれほどに足が速いとは…。

さすが、頼朝の子。

それは関係ないか。

源頼朝が俊足だったなんて話聞いた事ねえし…。


だとしてもよぉ…想定外だぞ。

この俺が追いつけないとは!。

かなり悔しい。

身のこなしだけには自信があったのによぉ…。


こんな醜態さらしたと伊達の”父上”に知られたら、お叱りどころでは済まねえ。


絶対、口外しねえようにしねえと…。


結構、褒めてんだから、向こうからやってきてくんないかな。

このままじゃあ、一生、武丸様に再会できぬやも?

いやいや、京の都までたどり着いたんだから、大丈夫だ。


俺にはこれがある。


小枝を眺めながら、不敵に笑う義宗。

やはり、誰の姿もなく、彼の声のみが空に消えていく。


だが、その覚悟は刀の音で引っ込んだ。


新手か?


全く、次から次へと…。

武丸様の元に行く前に始末しとかねえとな。


しかし、素通りする武士崩れのもの達は酔っぱらったように浮かれている。


どうやら、武丸様を狙いに来た連中ではなさそうだ。


「落武者か?」


最近、多いな。


賑わいのある京の地だから、誰でも歓迎なのか?

見た目だけなら、俺も同類だが…。

そう考えたら、なんだか嫌だな。

弱音を吐いてどうする!

これもいつかのためだ。

だから、平気だぞ!


納得するようにその場で何度も頷く義宗。


おっ?

なんか、良い香りがするな。

飯屋か?


「一仕事終わったしな。一杯やるか」


武丸様を探すのはその後でもいいだろう。


軽やかな足取りで人の波に消えていく義宗であった。

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