「兄上。お呼びですか?」
「アルスカイン。急に呼び出してしまって済まない」
対面する兄の顔色はとても悪い。疫病で父、母、摂政役を亡くし、急遽領主に就任することになった兄は、領政に日々奔走しており、いつ寝ているのか心配になるほどだった。
私も兄の補佐はしているが、なにぶん未成年であり、院での生活もあって、あまり助けにはなれていないと思う。
「いえ、兄上の力になれるのであれば、いつでもお呼びください」
「そなたも父、母を亡くし、つらい時であろうに」
それは、兄も同じことである。その言葉をそのまま兄に返したい。
「あの、兄上。やはり目は見えないのですか?」
「魔力感知で補っているので、問題ない」
髪の色が以前と変わり、両目を布で覆っている兄は、会うととても違和感がある。
兄が院を卒業したばかりの時期、兄の元に魔王が現れ、髪と瞳の色を奪った。それに伴い視力も低下した。魔人や魔王については、院で学んではいたが、通常生活していく上で、関わりを持つことはない。
兄の魔力量の多さが魔王の興味を引いたのか、はたまた別の理由があるのかはわからないが。
「実は今回はテラスティーネの件で話があるのだ」
「テラスティーネですか?」
テラスティーネは我々の父の妹の子どもだ。従兄妹にあたる。この間、院で会った時には、特におかしな点はなかったのだが。
「何か問題でも」
「テラスティーネへの婚約の申し出は増えているのだが、当人の魔力量が多いので、領政の安定を考えると、できれば領内にとどめておきたいのだ」
「領内で婚約を調えるということですか」
テラスティーネは私の1歳年下のはず。11歳となれば、婚約をしていてもおかしくはない。おかしくはないが。彼女が慕っているのは、目の前の兄だ。
だが、私に話をするということは、彼女と婚約するのは兄以外の者で考えているのだろう。
「そなたに添わせようと思ったのだが、そなたの意見はどうだ」
「私ですか。。本人の意向は伺ったのですか?」
「……領内に留まることは希望していたが、そなたと婚約することは断られた。」
「でしょうね」
「そなたはその理由を知っておるのか」
「ええ、知っています。歳が近いということもあって、相談に乗っていましたから」
私の相談にも、乗ってもらいましたし。と言葉を続けた。
「本人から兄上には断った理由について話はなかったのですか?」
「……」
ああ、あったのですね。
うっすらと頬が赤みがかった兄を見て、私は苦笑する。
「兄上がよいのであれば、テラスティーネの意向をくんであげればよろしいのではないでしょうか」
「だが、次期領主はそなたであるし」
「兄上、往生際が悪いです」
私は兄にニッコリと笑って見せた。
本当にこの人は。少しは自分の幸せを望めばいいのだ。
「実は私には将来を共にすることを考えている女性がいるのです。その内、兄上には紹介しますよ」
「それは誠か」
「はい。なので、テラスティーネの相手は兄上にお願いしたいです」
「だが……」
もう一押ししないとだめだろうか。私は大きく息を吐く。
「兄上、彼女の気持ちは迷惑ではないのでしょう?彼女は私と会うと兄上の話ばかりなのですよ。何時も兄上のことを心配し、兄上の助けになりたいと言っていますよ」
「迷惑などではない」
兄は布の上から両目を覆うように手をやった。
「では、なぜ頑なに婚約しようとなされないのですか?」
「私は養子だし、歳も離れているし。私では彼女を幸せにしてやれない」
「養子だろうと兄上は優秀ですし、魔力量も豊富。私が領主になったとしても、きっと兄上に頼ることが多いでしょう。歳も5つ違いですよね。それほど離れてはいませんよ」
「しかも色を奪われている。私の近くにいては彼女を危険にさらしてしまう」
「それは……兄上であれば、守れるのでは?」
「私にはそこまでの力はない」
兄は息を吐いて、私の方に顔を向けた。
「……そなたの婚約は成人し、領主になってからでよいのか?」
「いえ、私も彼女のことが心配なので、早めに婚約は調えて、領主になったら婚姻を、と考えています」
「出身領と名前を後程教えてくれ」
微妙にはぐらかされている。私は兄に呼び掛けた。
「兄上」
兄が私の方を見やった。
「私は兄上とテラスティーネの仲が取り持たれるよう応援しています」
「……そうだな」
善処しよう。と兄は笑って頷いた。
これは、きっと兄上はテラスティーネと婚約しない。
だが私はこの件に関しては納得できない。
敬愛する兄の顔を見ながら、私は軽く唇をかんだ。