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第15話  回想 兄の提案

「兄上。お呼びですか?」

「アルスカイン。急に呼び出してしまって済まない」


対面する兄の顔色はとても悪い。疫病で父、母、摂政役を亡くし、急遽領主に就任することになった兄は、領政に日々奔走しており、いつ寝ているのか心配になるほどだった。

私も兄の補佐はしているが、なにぶん未成年であり、院での生活もあって、あまり助けにはなれていないと思う。


「いえ、兄上の力になれるのであれば、いつでもお呼びください」

「そなたも父、母を亡くし、つらい時であろうに」

それは、兄も同じことである。その言葉をそのまま兄に返したい。


「あの、兄上。やはり目は見えないのですか?」

「魔力感知で補っているので、問題ない」

髪の色が以前と変わり、両目を布で覆っている兄は、会うととても違和感がある。


兄が院を卒業したばかりの時期、兄の元に魔王が現れ、髪と瞳の色を奪った。それに伴い視力も低下した。魔人や魔王については、院で学んではいたが、通常生活していく上で、関わりを持つことはない。

兄の魔力量の多さが魔王の興味を引いたのか、はたまた別の理由があるのかはわからないが。


「実は今回はテラスティーネの件で話があるのだ」

「テラスティーネですか?」

テラスティーネは我々の父の妹の子どもだ。従兄妹にあたる。この間、院で会った時には、特におかしな点はなかったのだが。


「何か問題でも」

「テラスティーネへの婚約の申し出は増えているのだが、当人の魔力量が多いので、領政の安定を考えると、できれば領内にとどめておきたいのだ」

「領内で婚約を調えるということですか」


テラスティーネは私の1歳年下のはず。11歳となれば、婚約をしていてもおかしくはない。おかしくはないが。彼女が慕っているのは、目の前の兄だ。

だが、私に話をするということは、彼女と婚約するのは兄以外の者で考えているのだろう。


「そなたに添わせようと思ったのだが、そなたの意見はどうだ」

「私ですか。。本人の意向は伺ったのですか?」

「……領内に留まることは希望していたが、そなたと婚約することは断られた。」

「でしょうね」

「そなたはその理由を知っておるのか」

「ええ、知っています。歳が近いということもあって、相談に乗っていましたから」

私の相談にも、乗ってもらいましたし。と言葉を続けた。


「本人から兄上には断った理由について話はなかったのですか?」

「……」

ああ、あったのですね。

うっすらと頬が赤みがかった兄を見て、私は苦笑する。


「兄上がよいのであれば、テラスティーネの意向をくんであげればよろしいのではないでしょうか」

「だが、次期領主はそなたであるし」

「兄上、往生際が悪いです」

私は兄にニッコリと笑って見せた。

本当にこの人は。少しは自分の幸せを望めばいいのだ。


「実は私には将来を共にすることを考えている女性がいるのです。その内、兄上には紹介しますよ」

「それは誠か」

「はい。なので、テラスティーネの相手は兄上にお願いしたいです」

「だが……」

もう一押ししないとだめだろうか。私は大きく息を吐く。


「兄上、彼女の気持ちは迷惑ではないのでしょう?彼女は私と会うと兄上の話ばかりなのですよ。何時も兄上のことを心配し、兄上の助けになりたいと言っていますよ」

「迷惑などではない」

兄は布の上から両目を覆うように手をやった。


「では、なぜ頑なに婚約しようとなされないのですか?」

「私は養子だし、歳も離れているし。私では彼女を幸せにしてやれない」

「養子だろうと兄上は優秀ですし、魔力量も豊富。私が領主になったとしても、きっと兄上に頼ることが多いでしょう。歳も5つ違いですよね。それほど離れてはいませんよ」


「しかも色を奪われている。私の近くにいては彼女を危険にさらしてしまう」

「それは……兄上であれば、守れるのでは?」

「私にはそこまでの力はない」

兄は息を吐いて、私の方に顔を向けた。


「……そなたの婚約は成人し、領主になってからでよいのか?」

「いえ、私も彼女のことが心配なので、早めに婚約は調えて、領主になったら婚姻を、と考えています」

「出身領と名前を後程教えてくれ」

微妙にはぐらかされている。私は兄に呼び掛けた。


「兄上」

兄が私の方を見やった。

「私は兄上とテラスティーネの仲が取り持たれるよう応援しています」

「……そうだな」

善処しよう。と兄は笑って頷いた。


これは、きっと兄上はテラスティーネと婚約しない。

だが私はこの件に関しては納得できない。

敬愛する兄の顔を見ながら、私は軽く唇をかんだ。


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