私がカミュスヤーナ様と初めてお会いしたのは、6歳のとき。
母を病気で亡くしたばかりの私は、毎日泣き暮らししていました。
私も母を追って儚くなりたいと何度も思ったものです。
ある日、領主様より屋敷にくるよう命ぜられました。
領主様は私の母の兄にあたります。
目の前で跪く私を見て、領主様も領主夫人も痛々しそうに顔をゆがめました。
「テラスティーネ。貴方、ちゃんと食事はとっているの?こんなにも細くなってしまって」
領主夫人は私の手をとり、甲を優しくなでてくださいました。
正直、母が亡くなってから、食欲がわかず、侍女に泣かれんばかりに懇願されるので、形ばかりの食事をとっていました。
そのため、私の手足は細くなり、6歳の子どもであるにもかかわらず、頬はやせ、肌色も青白くなっていました。
「そなたはしばらくこの屋敷で暮らすこととなった」
領主様はそうおっしゃられました。
「屋敷には私の息子が2人いる。下の息子は年も近い。きっと仲良くなれるであろう」
その時、部屋にノックの音が響きました。
「カミュスヤーナ様とアルスカイン様をお連れしました」
「通せ」
領主様の声を受けて、部屋の中に2人の少年が入ってきます。
先に入ってきたのは、プラチナブロンドの髪に赤い瞳の少年です。顔立ちが整っており人形めいた印象がありますが、浮かぶ表情は柔らかです。
その後に入ってきたのは、紺色の髪に金色の瞳の少年です。こちらの方が下の息子さんでしょう。顔立ちは領主様にそっくりです。
「紹介しよう。私の息子のカミュスヤーナとアルスカインだ。カミュスヤーナはそなたの5つ上で11歳。現在は院に通っている。アルスカインはそなたの1つ上で7歳。来年から院に通う。そしてこちらは私の妹の子で、テラスティーネだ。そなたたちの従兄妹にあたる。しばらくこの屋敷に住むことになったから、仲良くしなさい」
「はじめまして。カミュスヤーナと申します。兄と思っていただければ幸いです」
「はじめまして。アルスカインです。よろしくお願いします」
二人は私の前に跪いてあいさつをしました。
「お初にお目にかかります。テラスティーネと申します。以後、よろしくお願いいたします」
私は何とか挨拶を返すことができました。
◇◇◇
「テラスティーネ様。カミュスヤーナ様がいらしていますが」
「今、まいります」
私は鏡で自分の様子を見直しました。
あの頃はやせていた頬もふっくらとし、体形も年相応に戻っています。
9歳になった私は、少しはカミュスヤーナ様に並び立てるような容姿になれているのでしょうか。
カミュスヤーナ様をお迎えするために、部屋を出ます。
「カミュスヤーナ様は、本当に毎日のようにテラスティーネ様の様子を伺いにいらっしゃいますね」
「ありがたいことです」
侍女の言葉に、私は笑みを浮かべて答えます。
初めてお会いした時の私のやつれ具合が、カミュスヤーナ様の御心を痛めたそうで、私の様子を毎日のように見に来てくださり、そのまま食事やお茶をご一緒することが多いのです。もう、あれから3年もたっているのですから、その気遣いに恐れ多くなります。
院でのお勉強など、お忙しい身でございましょうに。
アルスカイン様は一つ違いということもあって、院でお話をする機会が多く、帰宅してからも顔を合わせることはありますが、カミュスヤーナ様ほど自宅で一緒にお時間を過ごすことはありません。
「テラスティーネ」
部屋に入ってきた私を見て、カミュスヤーナ様のお顔がほころびました。
いつもじっと見つめてしまうほど、カミュスヤーナ様の顔(かんばせ)は美しいのです。ぶしつけかもしれませんが。
「ああ、今日も体調はいいようだね」
カミュスヤーナ様は私より背が高いので、隣に立つと、私が仰ぎ見る形になってしまいます。
そのため、カミュスヤーナ様は私に話しかけるときは、私の首が疲れてしまわないよう、私の前に片膝をついてくださいます。
「あの……。カミュスヤーナ様。毎日私の様子を見に来て下さるのは大変なのではないですか。私は大丈夫ですから、こんなに頻繁でなくてもいいのですよ」
「私がテラスティーネに会いたいから来ているのだ。そんな気を使わなくていい」
柔らかい笑みを浮かべられて、カミュスヤーナ様は私の頬を撫でました。
カミュスヤーナ様のお顔が近くて、私は撫でられている頬が赤くなるのを感じます。
「今日は草花の図鑑を持ってきた。時間があるときに読むといい」
「いつもありがとうございます」
私のところにいらっしゃる時には、花や本、お菓子などをお持ちくださいます。私はいつもいただく行為にどのようにお返しをすればいいのか……困ってしまうのです。
「テラスティーネ。次の日曜日は空いているかい?」
「特に用事はございませんが」
「この近くにフィラネモの丘があるのだ。今が見ごろだという。久しぶりに外に出ないか?」
「いいのですか?」
フィラネモは青い小花をたくさん咲かせる花で、春に丘全体を覆うように咲きます。遠くから見ると青一色の丘になっているのでしょう。
外にはほとんど出ずに過ごしていたので、見るのは初めてです。
「はい。嬉しいです。楽しみにしております」
カミュスヤーナ様が優しいまなざしで私をご覧になりました。