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第3話 主はどこに

重い瞼をあげる。

天蓋のついた天井が目に入った。

通常は魔力感知を動かすまでは、まぶしくて瞼を開けていられないのだが、うまくテラの目が借りられているらしい。


寝台の上に身体を起こすと同時に、ノックの音がする。

「カミュスヤーナ様、お目覚めですか?」

「入れ」

床から天井まで届く大きな扉を押し開けて、1人の青年が入ってくる。


「失礼します」

青年が寝台の天蓋をあける。おやっというように私の顔を見て、口を開く。

「目が……」

「気にするな」

私の通常閉じている目が開かれているのを見て驚いているのだろう。私はその青い瞳で寝台の脇に跪いた青年を見下ろすと、全て常のままにと声をかけた。


◇◇◇


まったく面倒なことになったものだ。

黒髪の青年は机に肘をつき、組み合わせた手の甲に額を置いて、大きく息を吐く。


自分のみであれば、このままでもよかったものの、テラにまで干渉するとは。

自分のみならず人の美醜にも興味はないが、テラの容貌は奴の興味を引くものであったか。

これは政務にかまけて、放っておいた私への当てつけか。

それとも、わざと遠ざけておいたため、逆に気を引いてしまったか。


魔王の人への干渉は、自然災害のようなものだ。

その圧倒的な力の前には、魔法を使えるとしてもなすすべはなく、運が悪かったと思うほかない。

私も色が奪われ、視力が低下したのには閉口したが、他の能力で補えたこともあり、領政が落ち着くか、他の者に引き継いだ後に対応を考えようと後回しにしていた。

なのに、また私の身近なところに干渉したのか。取り返そうとあがいたほうがよかったのだろうか。


自分の考えに浸っていたところへノックの音が響いた。

「カミュスヤーナ様、今お時間よろしいですか?」

「何用だ」

「テラスティーネ様の侍女が面会を申し出ておりますが。急ぎの用件とのことです」

その言葉に顔を上げ、通せと言葉を紡いだ。


「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」

カミュスヤーナと机を挟んだ向かいの床に跪き、少女が言う。

「よい、顔をあげよ」


カミュスヤーナの言葉を受け、顔を上げた少女は、あらという感じで首を傾げた。

「目が見えるようになったのですか?しかも、そのお目の色合いは、テラスティーネ様にそっくりですね」

普段は両目を覆っている布が取り払われている。少女に向けられているのは青い瞳であろう。


「テラスティーネについて急ぎの要件があるとのことだが」

自分の目のことには答えず、カミュスヤーナは少女にここに来た用件について尋ねる。

「そうでした。テラスティーネ様とここ数日連絡が取れず困っているのです。カミュスヤーナ様は主の居場所をご存知でしょうか?」

私はてっきりカミュスヤーナ様とご一緒だと思っていたのですが。と少女は言葉を続ける。


「アンデンテ。私はテラスティーネを監禁する趣味はない」

「別に側において愛でていただく分には全く問題ありませんけど」

「アンデンテ。口を慎みなさい」

机の脇に立っていたカミュスヤーナの摂政役であるフォルネスが口をはさむ。


「テラスティーネ様の居場所をご存知ですよね?」

フォルネスの言葉をスルーして、こちらが知っていることを断定するかのような口調で、アンデンテはカミュスヤーナを見上げた。アンダンテの碧の瞳がカミュスヤーナを射抜く。

カミュスヤーナは青の瞳を眇めた。


「知らぬと言っても、信じないのであろう?」

カミュスヤーナの言葉を受けて、アンダンテはニッコリと笑った。

「命に別状はないが、今そなたの前に姿を見せることはできぬ状態だ」

「まさか、主に無体なことをなさっているのではないでしょうね?」


「アンダンテ」

フォルネスの低い声がかかる。

アンダンテはフォルネスの方に目をやると、軽く息を吐き、目を伏せた。

「私のお力になれることがあれば、おっしゃってください」

ひとまず方々への調整はしておきます。と言い、アンダンテはその場を辞した。



「テラスティーネ様の件については、私も説明が戴きたいのですが」

「説明はしたいが、あいまいな部分が多々ある」


「お目の色が変わったのと関係がございますか?」

以前は赤かったと思うのですが。違いましたか?とフォルネスに言われ、カミュスヤーナは片目に手を当てた。

「私の色と同様に、テラスティーネの身体が奪われた」


「カミュスヤーナ様はそれをどこからお知りになられたのですか?」

「本人の意識が私の夢の中に退避してきた」

「……なるほど」

つまり、テラスティーネ様はカミュスヤーナ様の中にいらっしゃるのですね?とフォルネスが問いかけると、カミュスヤーナは苦々しい顔をする。


「ただ、寝る度に夢の中で、テラスティーネと会話できるわけではない。多分魔力を消耗または奪われていて、回復期にあるようで、記憶も失われている。魔王とどのようなやり取りがあったかも不明だ」

その後考え込み始めたカミュスヤーナに向かって、フォルネスが続きを促すように声をかけた。

「カミュスヤーナ様」


「ああ、すまない。フォルネス。テラスティーネを危険な目に合わせてしまって」

カミュスヤーナはフォルネスの方を向いて、謝罪する。そんなカミュスヤーナの顔をフォルネスは心配そうにうかがう。

「今はテラスティーネに目を借りている。魔力感知のせいで、常に魔力を消費するし、疲れがひどかったのでな」

「だから、瞳が青になったのですね」

理解できました。とフォルネスが応えた。


「テラスティーネの成人や卒業はこの冬だし、卒業のための座学類は終わっていたよな?他に何かテラスティーネが関わる催し物などあったか?」

「テラスティーネ様の婚姻が間もなくです。もう婚姻の準備はほぼ済ませてありますが」

「あぁ、テラスティーネは夏生まれか」

「カミュスヤーナ様。さすがにお忘れになられるのは困るのですが」


カミュスヤーナがフォルネスを振り返ると、フォルネスは胸に右手を当てて、軽く身をかがめた。

「もともと婚約中でしたから、テラスティーネ様が16歳になられると同時に婚姻の儀式を行う話で準備は進めております」

「正確にはいつだ」

「テラスティーネ様は3月後に16歳になられます」

両家の準備も既に整っております。とフォルネスが続けると、カミュスヤーナは表情を繕えず、こめかみに手をやった。


「あと3月以内にテラスティーネの身体を取り戻さなくてはならないのか」

カミュスヤーナは立ち上がって、扉の方に歩み寄る。


「領政はアルスカインに任せるしかないか、まぁ落ち着いてはいるし、いい機会であろう」

ぶつぶつと考えをこぼしながら歩む主人の後ろを、フォルネスは素知らぬ顔で追っていった。


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