目を開くと、真っ白な空間にいた。
「ここ……どこ?」
来たことのないところだ。それどころか見覚えもないところだ。
ここはどこなんだろう?そして私はなぜここにいるのだろう?
床に寝ころんでいたようで、ゆっくり体を起こしてみる。
顔の横に水色が見えた。
視線を向けてみると、それは髪だった。
自分の髪にそっと触れてみる。さらさらとした髪質は触っていてとても好ましい。
自分の髪に触れた手の大きさにぎょっとした。
認識していたよりも明らかに小さいのだ。
「えっ?」
顔や身体を見まわし、ペタペタと触れてみる。
服は真っ白なワンピースのようだ。飾りなどやボタンもないシンプルなもの。
靴も靴下も履いていない。
顔は頬がふっくらしているかなとは思う。でも小さくなった両手で覆えるのだから、顔も小さくなっているのだろう。
姿見がなく、外から見られないので、実際どうなっているのかはわからない。
でも多分私は幼くなっている。
自分の周りをキョロキョロと見まわしてみた。
床に触れるとふかふかとした敷物が引いてあるようだ。
敷物は白く、床に同化するかのように、一面に引かれている。
四方は壁に囲われており、一面だけ黒くなっている。壁には窓も扉もないようだ。
しかもかなり広い。
その時遠くから人が歩いてくるのが見えた。
私の前までくると、片膝をついて、顔を覗き込んできた。
男の人のようだ。
黒い髪、両目はグレーの布で覆われていて、これでは目が見えないのではないかと思う。
でも顔を覗き込んできたということは、彼は前が見えているのだろうか?
顔の造作は整っており、いわゆる美形だ。鼻筋も通っているし、目の覆いがなくとも、その辺りを歩いていたら人が振り返るような男性。
「はじめまして?」
とにかく初めての人だ。何か聞けるかもしれない。
声をかけられて、相手はぴくっと身体を震わせた。
驚かせてしまっただろうか?
「はじめまして、ではない」
声には親しい者に向ける優しさが含まれていた。でもこの人に会った覚えはない。
「姿は変わっているが、テラであろう?」
テラというのが、私の名前だろうか?
そもそも私の名前は……なに?
ここにいるまでに至った経緯も名前すらもわからない現実に、私は血の気が引く思いがした。
「何も覚えていないだと?」
私の話を聞いた彼は、そうつぶやいて、大きく息を吐いた。こめかみに指先を当て、うなった後、私を見やった。
「君の名前はテラスティーネ。普段はテラと呼ばれている。確か、齢は15だったか。今の君はどう見ても3歳くらいだが」
「テラスティーネ」
まったく聞き覚えがない。
「ここはどこですか?そしてあなたは誰?」
「ここは私の夢の中。私はカミュスだ」
彼が手を払うと、何もなかった空間に大きな姿見が現れた。
姿見にはカミュスと、水色の髪を足首くらいまで長く伸ばした3歳くらいの幼女が写っていた。
「これが私……」
姿見の前に進むと、自分の顔をしげしげと眺めてみる。
白い肌に青い大きな瞳。長いまつ毛。お人形さんみたい。血色が悪いせいかより人形めいて見える。
横に立ったカミュスを振り仰ぐ。
「あなたはその状態で目が見えるの?」
ああ、と答え、カミュスは口の端をあげた。
「ここは夢だから、これは必要なかったな」
カミュスは両目を覆っていた布を外した。布を外すときに両目を片手で覆い、ゆっくりとその片手も外す。閉じられた両目が開かれると、赤い虹彩がこちらに向けられた。
彼は赤い瞳を凝らすように細めた。
「君は身体を奪われたのか?それは実体ではないようだ」
「は?」
カミュスはかがんで、私の頬に手を伸ばす。近づけられた手は私の頬に触れそうになって、そのまますり抜けた。
カミュスの顔が不服そうにゆがむ。私はその様子を見て、首を傾げる。
私は先ほど自分の頬に触れている。そのふっくらした様子も手に感じた。
自分では触れるのに、他の人には触れないらしい。
「せっかくやわらかそうな頬なのに」
ボソッとカミュスは呟くと、仕方ないとばかりに私の前に片足をつき、私の頬に手をかざした。
うっすら掌が光って、かざされた頬が温かく感じる。
掌の光が消えると、カミュスはそのまま私の頬をつまんだ。
「いひゃい」
「やはりやわらかい。つかみごこちがいい」
手はすり抜けず、私の頬をぐにぐにとつまんでいる。私の目尻にうっすらと涙がにじんできたのを見て、カミュスは手を離した。
「なかなかない手触りに夢中になってしまった。すまぬ」
カミュスはにやりと笑んで、先ほどまでつまんでいた頬にそっと口づけた。
柔らかい感触がじんじんとした肌にあたる。
「!」
カミュスの顔が離れたので、私は頬を抑えて、彼から距離をとる。
口づけされた?なんで?
口をハクハクさせていると、カミュスは頬をつまんでいた方の手をひらひらとふる。
「身体とともに魔力も奪われたようだな。だから身体が小さくなっているのだろう」
いくら私の夢の中とはいえ、身体を元に戻すことはできぬようだ。とカミュスは言う。
「目を離したすきにこれだから……。まったく厄介だ」
カミュスは手を払って、ソファーとテーブル、その上に紅茶とお菓子を出現させる。
「話も長くなりそうだし、そこに腰を下ろせ」
顔が赤くなっている私を無視し、カミュスはソファーを視線で指し示した。