「オイ、行くぞ! 冷蔵庫!!」
「そんなぁ、あんまりですぅ……それにわたし、冷蔵庫じゃなくて……きちんとチルド・シバレール・ブルッチョサムサム・ゴッサム・ドンビエール・ブリザード・テ・カジカム・サムイノデスと呼んでほしいのです!」
「やかましいっ! ダレのせいでオレの儀式が失敗したと思ってんだ!」
オレはこのクッソ長い名前のアホ魔族のせいで、成人の儀を失敗してしまった。
あーあ、こんな奴助けるんじゃなかった。
オレの名前はグリル・ヘルシオ・ガスバーナ・オーブレンジ、今は帝国の皇太子と呼ばれている。
今オレがいるのは山の中だ、軍隊は連れず、一人だけで魔族と令呪による契約を行う事、それが皇帝継承における成人の儀だ。
そしてオレは、この山で炎の精霊イフリートと契約する為にここに来た。
だが、なぜかイフリートの居るはずの場所にいたのがコイツで、さらにジャイアントドラゴンまで出てきたわけだ。
それに、こんな奴本編にいたっけ?
隠しコンテンツがあるとは聞いていたけど、オレ……体験する前にこっちの世界来てしまったんだよな。
オレはこの世界の人間じゃない。
いや、もっと言えば現代日本で普通のゲーム好きの学生だったんだけど、ゲームを買いに行く途中で飛び出してきた猫を避けようとして自転車のバランスを崩し、そのままトラックにドカーン!
……で、気が付いたらオレはこの世界にいたって事だ。
この世界が何なのかはオレはよーく知っている。ここは、レトロゲームのスーパーファミリードライブ用ソフト【ドラゴンズ・スターⅥ】の中の世界だ。
ドラゴンズ・スターとは、天才ゲームクリエイター堀口ヒロシが作った傑作RPGだ。
その中でもⅥは人間ドラマとドットの出来の凄さ、そして音楽と……世界崩壊後のシナリオの評価が高く、今でも最高傑作のひとつと言われている。
オレはその現役世代ではないが、オヤジやアニキがやっていたのを知っていて、リマスター版をプレイした。
しかしそれがまさかのフルボイスの完全3D新作リメイクという事で話題になっていたのでそれを買いに行こうとしていたところでまさかの交通事故死。
それで気が付いたら何故かこのドラゴンズ・スターⅥの世界の中、こんなもん信じられるか!
しかも、オレが転生したのは本来なら中盤で退場してしまう悪の帝国オーブレンジ帝国の皇帝グリル・ヘルシオ・ガスバーナ・オーブレンジって。
このグリル皇帝、古代遺跡から召喚戦争時代のロストテクノロジーを発掘し、機械文明と古代技術を合わせた魔導兵器を使い、世界征服を企む悪の皇帝だぜ。
よりによってオレはそのオーブレンジ帝国の皇帝グリルになってしまった。
そして、先日崩御したオヤジこと、先帝フランベ・ギトギトス・ギル・ガスバーナ・オーブレンジの代わりに次の皇帝になる為、成人の儀で山に来ていた。
そこでジャイアントドラゴンに襲われていた女の子を助けたら、なぜかなぜかこうなってしまった。
そして現在に至る……。
「わたしが何をしたっていうんですか? もっとちゃんと教えてください」
「アホッ、バカッ! オレはお前のせいで皇帝継承の儀を失敗したんだぞ、お前がいらない所でくしゃみしてしかも氷をまき散らしたせいで、オレの令呪はイフリートではなくお前に刻まれてしまったんだ。一体どこの世界に炎の属性を持ちながら氷の魔族と契約するバカが出てくるってんだ!!」
「うう。そう言われると……」
このチルドとかいう氷の魔族の少女、オレを怒らせる事しかしないのか?
コイツはオレがイライラしているのをわかっていながらなぜこうなったのかをわざわざもう一度説明させようとしやがった。
まあいい、オレはコイツを使えば自分のやろうとする事が実現可能だという事に気が付いた。
オレの野望は世界征服! 現代日本では無理だったが、この世界はオレの知っているドラゴンズ・スターⅥの世界そのものだ。
それなら本来退場するはずだったグリル皇帝として、この世界の全てを主人公達よりも先回りしてしまえば、世界征服は簡単に出来る。
そう思っていたんだが、その為には問題があり、オレはなかなかその計画を進める事が出来なかった。
それは、各地における食糧事情の問題だ。
この世界、保存技術もお粗末で、さらに食事も微妙、さらにカビや腐敗の問題が多く、多くの兵士を引き連れての進軍が難しい。
いくら飛行艇を作っても、海軍を強化しても、陸戦部隊を訓練しても、食糧がおろそかだと士気も上がらなければ進軍計画を立てるわけにもいかない。
そう、この世界はゲームの世界のはずなのだが、ゲームの表側に見えていなかった問題、つまり食料や補給といった課題が多く残り、本来のゲームの開始より数年以上前にもかかわらず、このオーブレンジ帝国の支配域は世界地図のほんの一部にしか過ぎない。
ゲーム開始時には世界の五分の一は征服できていたはずなのに、このままでは本編スタート前までにその状態までもたどり着けるとはとても思えない。
そもそも兵站の問題なんて普通はRPGゲームの中で考える要素じゃないぞ。
モンスターや人間型の敵は地域ごとに配置されている、ってのがデフォであり、まさかその兵士や群を動かす事からスタートって、これじゃあ戦略シミュレーションじゃねーか。
確かにこのドラゴンズ・スターにはDSタクティクスといった別ジャンルのゲームがあったが、それでもこんな食糧事情とか補給なんて考えるの、むしろ第二次大戦系のリアルウォーゲームの内容だろ!!
そのウォーシミュレーションゲームでは大抵オミットされている事だが、旧日本軍がアメリカ相手にガダルカナル島やインパールでボロ負けした理由が食糧不足の問題だ。
歴史マニアで軍マニアのオレはそれをよーく知っている。
だからこの世界でも下手に踏み込んで侵略に取り組めなかった。
まあここでフランス皇帝ナポレオンみたいに缶詰か瓶詰めを作らせるってのもありだけど、そんな事やっている時間も予算もこの弱小国家には無さそうだ。
そんなわけでオレはなかなか世界制覇に乗り出せずにいた。
だーが! ここであのチルドって氷の魔族を冷蔵庫替わりに食料を凍らせれば海だろうが砂漠だろうがどこでも進軍可能って事だ!
「おい、行くぞ、冷蔵庫!」
「だからわたしは冷蔵庫じゃなくてチルド・シバレー……」
「あ? 何か言ったか?」
オレが炎の剣をさやから抜くと、チルドはそれを見て怯えてしまった。
まあ、本当はここまで脅す必要は無いんだけど、さっきからオレを怒らせてばかりのこのアホ魔族、マジでどうしたもんだろうか。
とりあえずコイツには戦闘で何かをやらせるよりは食料を凍らせ続ければ、腐って食料不足で進軍出来なくなるって事は避けられるはず。
そして、問題は食料の輸送だ。
今のところ食料は魔法を動力にして動く機械で車輪付きの台車で運ばせているが、どうも効率が悪い。
やはり車輪を使う車は道の舗装も必要なら、機械のメンテナンスも必要。
だからと土着のモンスターや大型の動物を使うという事を考えても、その動物がオレの思い通りに動くとは限らない。
だからオレの考えたのは魔法部隊を利用する事だ。
例えばの話だが、風の魔法を使える魔法使いに初級魔法で荷物を空中に持ち上げさせたまま後ろから押せば摩擦をなくした状態での運搬が可能になる。
しかし……魔導部隊を育成しようにも、まだ帝国にはそれだけの人員がいない。
となると、やはりドラゴンズ・スターⅥでの人気キャラである彼女を主人公達よりも先に仲間にする必要がある。
そう、大賢者ソイソス、彼女をオレ達の味方にしてようやくオレの覇業は第一歩に踏み込めるんだ!
さあ、大賢者ソイソスを捜しに行くぞ!
オレはチルドを引き連れ、成人の儀の結果を報告する為、オーブレンジ帝国の帝都にあるバーべ宮殿に向かった。