サイショノ女王国、女王都スタアトには春が訪れていた。
屋根や街路に積もった雪は溶け、積雪が退きだした地には草花が芽吹き始めている。夕方の傾いた日差しが、残雪の景勝を橙色に煌めかせていた。
『メアリアン、異世界メイド喫茶の開店おめでと~う!』
本日休業の冒険者ギルドでは、冒険者や市民たちが集ってそんな歓声で魔法のクラッカーを鳴らした。
紙吹雪と共に色とりどりの光と音からなる小さな花火が店内を染める。
「み、みなさん。ありがとうございますですわ」
カウンターの前に立ち、普段より豪華なドレスのようなメイド服でメアリアンは感謝した。
「それでは」隣で、元世界から買ってきた似合わないタキシード姿の太田が杯を掲げる。「メアリアン嬢の新しい試みに。乾杯、でござる!」
『乾杯!』
老若男女の客たちも立ち、大人は酒を、子供はジュースを掲げたグラスで応じる。
拍手に続いてみな席に着き、賑やかな宴が始まった。
街の一角に、メアリアンの店が明日からオープンすることを祝しての催しだった。
彼女の店で行ってもよかったのだが、開店準備中なため楽しみにとっておくことにして、かつギルドの同僚や常連の冒険者たちの希望ということもあり、街のみなを巻き込んだここでパーティーが開かれることになったのである。
異世界ダイイチノ各国の国旗を模したガーランドや、花瓶には冬に咲く異世界花。豪華な燭台では、電気並みに室内を照らす魔法の火が室内を彩っている。
小綺麗なクロスを纏ったテーブルもいつも以上に用意され、満ちる客たちによって店はすっかり宴会場と化していた。
四郎たちが来訪した当初は木製のものが多かった食器も、今や彼の錬金術による技術革新でガラスや陶器などが普及している。吟遊詩人や道化師、小さな楽団まで招かれていて、歌や音楽や芸事を奏でていた。
「……四郎も来ればよかったのに」
カウンター前に用意されたテーブルからそんな景色を見渡して、女神の衣装をアクセサリーで派手に飾ったリインカは切なげにぼやく。
「まったく、どこで何やってんだかあの頭でっかちは」
メアリアン、太田、クルスが共にいる席だった。
「まだ見つからないの、パパおじさんは?♥」
皿からスイーツばかりを平らげ、パーティー用のひと際おしゃれなエプロンドレス姿のクルスは案外平気そうに訊く。
「心配はないと思いますわ」痩せ我慢なのを知っているメアリアンは、案じて言う。「転界のみなも探していますから、いずれ見つかるはずですわよ」
「そう言って一年だけどね♥」
まさしく、ウンゴリ・アンズ・ントやヤルダバオートとの戦いから、もう一年ちょっとが経過していた。
その間、四郎は彼らの元に現れていない。
他の四人にはヤルダバオートと科学者の戦闘は認識することすらできず、蜘蛛の大魔王を倒すやダイイチノに戻されていた。ものの、転界に通じる神々は立場上、最上位神が倒されたということは本能的に実感できている。
「転界自体の方は、どうなってるのでござるか?」
骨付きの
同僚と顔を見合わせあったあと、メアリアンは首を傾げた。
「最上位神の失脚以前にこちらでの居住を許されたままなあたくしは、あまり存じ上げませんわ。リインカ先輩の方が詳しくはありますけど……」
「うん。四郎がやったのかは謎だけど、あの日突然、全ての異世界から悪質な魔王はいなくなったのよね」
指名された先輩女神が、
「それらを倒す転生転移者の派遣も不要になったし、今や転界は希望者を異世界への居住案内する不動産屋みたいになりつつあるわよ。偶然かヤルダバオートの影響がなくなってか、最近は転界神から新たな魔王も生まれてないし」
「ふーん。それはそれで退屈かも♥」
ジュースを飲みながら聞き届けたクルスが、今度は太田に話題を振る。
「そういや、キモヲタの方もなんかいいことあったとか喜んでなかったっけ?♥」
「! そうそう、そうでござった!」
嬉しそうに、太田は報告する。
「元世界でのことで恐縮でござるが、拙者SNSを通じて冒険の体験も交えた異世界モノ作品のレビューや考察を垂れ流していたところ、密かに評判になりましてな。今度からそうしたライターとして働けることになったのでござるよ。もはや向こうでもちょっとした有名人になりつつありますぞ!」
「意外ですわね。元世界で活躍しようとしますなんて」
「四郎氏がいなくなって、深く考えてみたのでござるよ。あの世界で何者かになろうとしたという、氏のご先祖について」
話題の人物を真似るように、彼は眼鏡をくいと上げてから顎に手を当ててカッコつけた。
「拙者の愛好する異世界モノも、元世界の先人が現実をよくしようとしてきた結果に発展した文明や文化で楽しめるようになったのでござるからな。そこを無視するようでは、初のまともな男友達たる氏に顔向けができない気がしましてな。生き抜いた彼と違い、拙者は人生まだ途中でござるし」
「な~に、似合わない台詞吐いてんのキッモ♥ 勝手にパパおじさんが死んだみたいに扱わないでくれない?♥」
隣にいた少女が物理的に結構強めに殴るという、安定のツッコみを入れる。
「め、面目ない。そんなつもりはなかったでござるよ」
「ですわよね」今日のパーティーの主役は、ホムンクルスに同意する。「ずっと待っていますわよ。四郎さんとみなさんが、お客様としてわたくしのメイド喫茶にそろって来店する日を」
飲み干したワインのグラスを置いたリインカは、ふと窓の外に目を向けながら、どこか寂しげに囁いた。
「あいつの頭で解決できない問題なんて、あるはずないもんね」
陽が沈んだ街には火と魔法による照明が灯りだし、屋内の暖かさとは反する疎らな雪が降り始めた。
四郎の友人ということでメアリアンにも目をかけてくれているスタアト女王による祝福の魔法花火も、夜空に咲きだしていた。