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ラスボスは秒で倒される

「冥土の土産、は死亡フラグではなかったか?」

 神は笑いを堪えるように応答した。

「まあいい、申してみよ」


「〝全能の逆説〟だ」

 相手の様子を窺いながら、四郎は指摘する。

「おまえなんぞ、おそらく全能者でもない。なぜなら、自分を上回る全能の存在を作ったりできないからだ」


「……」


 勝負の時だった。

 これは、論理学的な全能者に限定されるパラドックスだからだ。非論理的な全能であるヤルダバオートには通じない。なぜなら奴は、全能でありながら全能でない状態にもなれるという矛盾すら可能とする。もはや無限の力でかつてのIQ300をも超え、無限の知能指数を得ている四郎すら及ばない、人である限り理解できない域の全能者だからだ。


 頼みの綱は――


 神は言った。


「……そういや、そうだな」


 ――バカだった!


「そこで提案だが」

 人の子は喜びが表出しないように進める。

「わたしをおまえより全能にしてみてはどうかな。無理だろうけど。できるはずもないよなー、所詮は自称だし。おまえみたいなショボい奴にできるなんて期待する方が申し訳ないか。あっはっはっは! ざぁこざぁ~こ!!」


 全力で挑発的な口調と表情を努め、鼻で嗤う。腕組みをして、見下した態度を取った。


「できるわそんくらい!」


 まんまと乗ってきた。


「〝汝 世々限りなく生き いと高き者のようになれ〟」

 無数の宇宙映像を背景に唱えたヤルダバオートは、千手を四郎に翳す。

 彼の光の輪が分裂。片割れが星空の残る側、そこに立つ四郎の頭上に移行した。

「どうだ!!」

 ドヤ顔で二本に戻った腕を腰に当て、胸を張る神。


 同時。――四郎は理解した。


(これだったのか。初代、ウィリアム・ジェイムズ・サイディズが探し求めていたものは)


 もはや、論理学に囚われない全能者をさらに超えた全能者にされた彼には、わからないものなどなかった。


 大統一理論も。〝なぜ何もないのではなく何かがあるのか〟も。『我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか』も。

 もはや全部が、ちっぽけな自明の理でしかない。


「おまえも」なにより、「わたしだったのか。ヤルダバオート?」

 全知によって、四郎は名指した。


「そうだとも」

 神は認めた。

「ウィリアム・ジェイムズ・サイディズ、666世だ。平行世界の違う可能性におけるな。拠点を日本に移したのが失敗だった。あるとき災害大国のそれによってクローン製造技術が破損、以降は知能の複製に欠陥が生じ、逆に他の力だけが増す故障が起きたのだ。あらゆる可能性の宇宙を遡っても、初代の頭脳を再現できた最後のクローンはおまえだったのさ。だからこそ選んだんだ」


「ならばやはり、わたしが全ての世界を修復すべきか。おまえの関与のない姿へと。違う可能性とはいえ」


 四郎は両手を神に翳した。


「し、しまった」そこで神はようやくしでかしたことを把握したらしく、人間っぽい挙動で狼狽える。「あえて、わたしを超えさせたということか!?」


 科学者の手の平から放たれた光。今度のそいつは、標的だけを正確に呑み込み……。


「な~んちゃって!」


 と、おどけるヤルダバオートには何ら影響を与えられていなかった。


「全能の逆説の解決手段くらいググって調べておるわ!」


 嘲りながら、神は瞬時に巨大化する。背後の映像など覆うくらいに。

 もはやヤルダバオートの全容も判別できなくなり、彼のいた側は体表面の白一色に埋めつくされる。無限の多元宇宙を見下ろすほどのサイズでなおもでかくなりつつ、彼は四郎を足下にこれ以上ないほど侮辱したかったのだ。


「全能の逆説、全能者が真に全能なら自分より全能の存在を作れるのかとの問いだな。作れねば全能ではないし、作れたら相手より全能ではなくなる矛盾だろう? だが、一度自分より全能の存在を作った上でそれをさらに上回る全能になれば解決だ。わたしにはそんなことすら可能なのだよ!!」


 誇った神は、もはや全能でなければ認識できないほど小さな四郎を見下ろしていたはずだった。

 なのに、なぜかできていなかった。


「やはり全能でも全知ではなくて助かった」


 代わりに、話した四郎が全能でなければ認識できないほどさらにヤルダバオートを超える巨体となって逆に見下ろしていた。


「一瞬とはいえ、一度わたしはおまえより全能にされた」

 科学者は種を明かす。

「瞬間に、おまえはわたしより全能にはなれないという制限を、全能性によってもたらしたんだ。常に、わたしの方がそれを超えた全能になれるようにな。もう追い越せやしない」


「き、貴様は全能を超えた全能を超えた全能を超えた全能になったというのか!?」


 焦りまくるヤルダバオートは、さらに四郎を追い超す全能になろうと試みながら吠える。

 もちろん、相手は常に上をいく全能になりつつ訂正する。


「無駄だ、アキレスと亀のパラドックスのように逆転はない。今は全能を超えた全能を超えた全能を超えた全能を超えた全能を超えた全能を――」


「もういいわ、めんどくさい!」

 ヤケクソになって神は諦めた。


「そうだな、いいかげん第四の壁の向こうでは〝全能〟がゲシュタルト崩壊してる頃だろう」

 四郎は、もうそんなことすら認識して同意する。


「最期に教えろ」

 かくして、敵対者は問うた。

「このバカげたやり取りに陥る前に、おまえは二つ冥土の土産があると言った。もう一つはなんだったんだ?」


「ああ、もう一つ言いたかったことは……」

 答えはこうだった。

「〝これ、もはや異世界転生転移ものですらなくね?〟だ」


「それな!」


 最後にヤルダバオートが意気投合して、戦いは終わった。

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