リインカと太田とクルスとメアリアンは、大魔王ウンゴリ・アンズ・ントの打倒を確信。喜びにわいたポーズのまま、固まった。
四人は石像になり、かと思いきや額入りの絵画となって、飾られていた。
星空のような、あの空間。転界に。
「あーもう、お見事だよ。四郎・サイディズ」
気付けばそこに移動していた四郎。
(リインカたちは? いや、この何でもありはまさに全能。こいつに隙は見せられない。まずは退けねば)
と。事態に感づくも努めて冷静さを保とうとする彼に、最上位神が拍手の音と同時に語りかける。
「ま、わたしが出れば楽勝だったが。それでは神として設けた秩序も意味がなくなる。だけに、秩序を破壊しうるのが君なのが残念だ。全能だからこの結末も予見していたがね。証拠に、ここはいわば君にとって十番目に来た異世界だ。10は英語でテン。だから
四郎と対面するように、白い光で構成された人型が虚無から出現した。頭上には光輪がある。
そばにあった仲間たちの描かれた絵を片手に取り、しゃべっていた。
「ツッコみなしも寂しいが」咳払いを一つ。もう一方の手に開かれた聖書を出現させて浮かべ、読む。「君は勇者でありながら善たるこの神に疑問を持つからな。魔王たちより危険だ。知恵を得た人が無限に生きれば、いずれ神をも超えうると危惧されたのも頷ける」
「『創世記』か」
四郎はようやく開口した。
「エデンの園には知能を得ることができる〝知恵の木の実〟と永遠の命を得られる〝生命の木の実〟があったが、知恵の実を食した段階で生命の実も食われることを危惧し、神は人類の始祖アダムとイヴを地上に追放したとの解釈だな。永遠に生き知恵を増せば、人が神を超えるのではないかと」
「わたしにとっては、君という形で実現している脅威だよ」
言うや、聖書と絵画を一瞬で消し炭にする。
「生憎、別に永遠の命を望んじゃいないが。信じんだろうな」
「当然、死んでくれるのならば別だが」
科学者は肩を竦めて頭を振ったが、神は警戒を解かなかった。
ごく僅かな静寂。直後、
「〝シロウサイディズ・ドライブ〟!!」
人の側が両腕を相手に伸ばし、唱える。
無限のエネルギーが星空染みた空間の神のいる側を吹き飛ばした。
星々のような光は余さず消灯され、暗闇が白光に照らし尽くされる。転界の半分が滅したのだ。
だのに。衝撃波の内部を、神は何事もないかのように歩み寄ってくる。
無論、四郎は攻撃をやめたわけではない。ずっと継続している。
宇宙の100億倍どころではない、無限のエネルギーをぶつけている。
だのに、神はものともせずに間近まで接近。科学者の両手首を捻り上げ、追撃を止めた。
「わたしが手を下すのは、神として築いた秩序を乱す故に無念だが。こうするしかなさそうだ。案ずるな、君に靡いた仲間たちも欠陥品だからな、後から始末する」
「フィクションの礼儀に習って手振りや詠唱を混ぜてたが」構わず、人間は食って掛かる。「ユニークスキルは脳裏で唱えるだけでいいと、リインカが最初に説明してる」
シロウサイディズ・ドライブで神の両腕を吹き飛ばして後ろに飛び退き、さらに無限のエネルギーをぶつけようとしたが。
異変を察してちょっと放出した段階で中断する。
神、ヤルダバオートは、特に何もせずしてエネルギーを目の前で止めていた。光球状に丸めて。
己の背後には、風景を映す。
火山と岩山、ジャングルのような鬱蒼とした密林を背とした草原に、二体のドラゴンが向かい合って戦っていた。
――否。ドラゴンではない。四足歩行で角を持つ草食恐竜トリケラトプスに突かれながらも、大きな口で噛みついたのは貧弱な手と逞しい二足歩行の脚を有するティラノサウルスだ。
いつの間にか再生していた片手で光の玉を千切り、後ろに放る神。
そいつは映像に入って隕石となり落下。閃光で恐竜たちの悲鳴を包み、景色ごと消えた。
四郎は、冷や汗を流しつつ呟く。
「約6500万年前の白亜紀、恐竜絶滅の一因ともなった小惑星の墜落か?」
「に変換したエネルギーだ、あれは君がもたらしたということだな」
神は回答し、また光球を千切って後ろに投げた。
今度は特大の映画スクリーンが出現。そこに爆発として描写された。
いや、爆発などというレベルを超越したセイゾウ・セイコ戦でも目撃した凄まじい明滅だ。そいつは早送りとなり、やがて岩石の集まりやガスの集まり、火の集まりからなる球体をいくつも形作り、星雲となり――。
「……ビッグバンか?」
「ご名答」
四郎の解答を、指差して神は認めた。
「宇宙もおまえのエネルギーを流用して生み出したというわけだ。さらには――」
ヤルダバオートは、千手観音を凌駕するほどに腕を無数に増やす。光球全部をそれぞれの手で数えきれないほどに分割して、背後に放ったのだ。
そこにあったスクリーンは消失。代わりに、スマホ、タブレット端末、パソコン、テレビ、果てには壁画など、ありとあらゆる映像描写媒体が出現。縦横の空間に見通せないほど、およそ無限に整列。その一つ一つの画面に着弾して、先ほどと同等のビッグバンを無限に描画した。
「これら」
神は明かす。
「全ての異世界宇宙誕生のきっかけも君で、全宇宙の誕生にわたしは関与した。おとなしく従わねばこれら全部の実在に君は矛盾を生み、滅亡させることになる。この難問を矛盾なく解決できるのはわたしのような全能者のみ。さあ、おとなしく死んでくれ」
顔も真っ白なのっぺらぼうなのに、ヤルダバオートが嗤っているように四郎は感じた。
そいつの後ろで形成されていく無数の宇宙を、俯瞰しながら考える。
相手は論理的矛盾ですら無視できる全能の神だ。四郎のエネルギーを流用した、元世界を含め全ての宇宙誕生の原因というのもありうる。過去も未来も関係ないのだから。
とすれば、この戦いの結末すら見透かされていてもおかしくはない。いくら無限を操れるようになったとはいえ、相手はそれを含めての全能を扱えるのなら最初から勝機などないだろう。
頼みの綱は――
「二つ」
四郎は覚悟を決めて口にした。
「二つだけ、おまえに冥土の土産がある」