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スキルは秒で無限になる

 ウンゴリ・アンズ・ントは異世界ダイキュウノに生まれた、ただの蜘蛛であった。

 捕らえ食した相手の負の感情を取り込み、増大して強くなるというユニークスキルを持つ以外には。


 幸いというべきか不幸というべきか、彼の生誕の地は魔王の支配領域。邪悪な高位の魔物たちの跋扈する場所だった。

 そこで、勇者ら人類と魔王ら魔物との戦いの混乱を隠れ蓑に、戦争で死にかけた優秀な魔物を捕食して密かに実力を増していった。


 やがて可能な限り全ての魔物を食いつくすと、魔王をも喰らい大魔王となり、勇者や人類も喰らい、宇宙に進出。途方もなく長い時間を掛けて他の星々や宇宙中の悪意も同様に喰らって、現在にまで至ったのだ。


「吾輩を一度欺いた程度で、頭に乗るなァッ!!」


 自尊心に掛けて、彼は全長一キロの巨体で目視できなくなるほど高く跳ねた。

 遥か天外のクモの巣にいったん張り付くや、唱える。


「〝天球に座する蜘蛛王のたもとへ 押し並べて伏せ〟!」

 天井に、猛烈な勢いで尻から噴出した蜘蛛の糸。それで速度を増し、漆黒の流星となって人間たちへと墜落を試みる。

「〝天叢蜘蛛剣あまのむらくものつるぎ〟!!」


「部下のメイドもキレやすかったが、主人に似たか」

 さすがにビビる後方の仲間四人を差し置いて、四郎は落下してくるウンゴリ・アンズ・ントへ両手を翳し、詠唱した。

「〝アルクビエレ・ドライブ〟」


 いつの間にかまた時を止めて回復したのか、無遠慮に宇宙の100億倍のエネルギーを放出。

 大魔王もそれこそ光速を超えて落ちたきたが、真下からの光に直撃。

 蜘蛛の糸による天からの黒光、科学者による地からの白光。それらはちょうど、宙の中間で拮抗した。


「〝εὕρηκαエウレカ〟!!」太田がすかさず分析する。「四郎氏、まずいですぞ! 奴のステータスは宇宙の100億倍なんてもんじゃありませぬ。桁が多すぎてよくわかりませんが、仕留めきれぬかと!!」


「……」

 四郎は沈黙していた。


「最大出力、〝冥土の土産〟!!」

 彼の苦戦を察し、メアリアンも氷のエネルギーを頭上に足す。塔の登頂中に用いたものとは比べ物にならないほど強大なものだ。

「女神としての力も出し尽くしますわ! これ以上の魔王がいないと最上位神が仰ったのですから、何としても撃破しないと!!」


「同感だわ」

 リインカも同意し、両腕を天に向けて謳いだす。

「〝天国より下層に息づく天地万物よ 神仏に帰依し 恒久の此方へそうせよ〟! 〝極楽浄土聖風ごくらくじょうどせいふう〟!!」

 彼女は両手から光の暴風を放ち、四郎とメアリアンを後押しする。

「転界で暴れたとき、最上位神を疑ってちゃっかり盗んでおいた神魔法よ。姉さんが盗んでた阿鼻無間魔炎と正反対の属性で、同等の威力があるわ!」


「女神形無しだな、おまえたち」小さく四郎は笑う。「だが、助かっている」


「〝超新星スーパーノヴァ覇王炎〟♥」

 さらに、とてつもない灼熱の放射で援護したのはクルスだった。

「クルスも忘れちゃダメダメだよ、パパおじさん♥ これ、魔法力全部使い果たすオリジナル最上級魔法だから。無駄射ちにさせないでよね♥」


「そうだな」今後の事態を先読みして、四郎は心底嬉しそうに述べておいた。「いちおう、感謝しているよ。おまえたち全員に」


「拙者も、微力ながら、役に、立ってますぞ!」

 遠距離攻撃用の技に乏しいのか、オタクは常備している短剣で必死に素振りをしている。その度に剣先から視認できる衝撃波のようなものが飛んで手伝っていたが、他と比べると酷く微力だった。


「悪あがきを」

 蜘蛛の王は嘲笑う。

「宇宙を二つばかり破壊できる威力が足された程度だな。吾輩は遥かな高みにいる。くらうがよい、負の感情の氾濫を! ――究極奥義!」

 広げた八本の脚。それぞれの先端と口から、彼は猛烈な糸の嵐を吐く。

「〝無色道程轢むしょくどうていひき弐糸ニート〟!!」


 徐々に、ウンゴリ・アンズ・ントが押しだした。

 地上からの攻撃の渦が、天上からの落下物に呑み込まれだす。


 科学者以外の全員が焦燥の色を顔面に浮かべたとき、


「仕方ない、神と戦うまで温存したかったが」

 急激に、四郎のもたらす閃光の輝きが増した。


「〝シロウサイディズ・ドライブ〟!!」


 その威力は、もはや宇宙の100億倍どころではなかった。

 1兆倍。10京倍。100がい倍。1000じょう倍と際限なく増えていき――。


「あ、ありえん」

 己の纏う黒いオーラが相手の光に侵食されだし、ウンゴリ・アンズ・ントは驚愕する。

「アルクビエレ・ドライブを回復できたとしても、最大出力の100億倍ずつしか発揮できんはず!?」


「ファインマンの経歴総和法を粒子に当てはめ、時空内の閉じたループを永久に巡る効果を確認できている」

 科学者は解説しだした。

「物理法則は巨視的物体の時間旅行を阻むが、異世界では魔法でそれを取り払えるのでな。閉じた経路では同じ場所に基底状態のエネルギーを持ち込むことで、密度は無限になる。未来から過去へのループを築くと、エネルギーはそこを周回し続けることになり再現なく増大するといったところだ。この仕組みをアルクビエレ・ドライブに組み込むことができた。新発明品だよ」


「ようするに、なんだ?」


 理解きずに問う蜘蛛に、四郎は明かした。


「出力も日に一つぶんの制限も解決した、無限のエネルギーを無限に使える新しいアルクビエレドライブ・ドライブ。それが――」

 やっぱりみんな理解できていなかったが、なぜだか勝利は確信できて味方の四人は微笑む。

 四郎も最後に笑って、宣告してやった。


「〝シロウサイディズ・ドライブ〟だ!!」


 徐々に威力を上げていたそいつが、宇宙の1000極倍のエネルギーを突破。

 瞬間。地上からの白は黒を呑み、蜘蛛の巣の天井まで貫通。


「神め、見誤りおったなぁッ!!」


 断末魔と共に、大魔王ウンゴリ・アンズ・ントを消し去った。


 オタリック地上大奮塔は創造主の死に連動し、最上階の蜘蛛の巣ごと蒸発。1京光年の建造物は、崩れる間もなく溶け去った。

 無数の宇宙を覆っていた蜘蛛の糸たちも同様。最強の魔王と一緒に、存在を終えたのだった。

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