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時間は秒で遡られる

「ヒアデスの実力をエネルギーに換算すれば、一人につき宇宙の9千万倍に匹敵するでござる」

 オタリック地上大奮塔最上階。

 壇上の玉座で、肘掛けについた蜘蛛の脚の先に顔を載せ、退屈そうにウンゴリ・アンズ・ントは呟く。

「昇るだけで力尽きんでくだされよ、神戦前のウォーミングアップをしたいのですからな」


「待たせたか?」


 直後、来訪者の声がした。

 壇より見下ろすと、根元にはいつの間にか人影たちが身構えて並んでいる。言うまでもなく、四郎とリインカとクルスとメアリアンだった。

 声音は、代表者たる科学者のものだ。


「いいや勇者たちよ、急げばこのくらいでござろう」

 ウンゴリ・アンズ・ントは、悠揚迫らぬ態度で迎える。


「ああ。100兆光年ごとに待ち構えていたヒアデスとやらは、ステータスがみな同一だった。個々を一撃で葬ってきたよ」


 太田を取り込んでから二時間程しか経っていなかった。

 ほぼ距離を無視してワープしたとしても、ヒアデス一体につき一分程は使うだろうと計算して、だいたい無理のない数字だ。と魔王は分析する。

 不審なのは、


「よいのか」むしろ心配してやる。「あの者たちを退けてきたなら、百人で宇宙の90億倍のエネルギー浪費。異世界ダイキュウノに移動してから一日も経っておらんだろう。塔の踏破に要したものに加えこちらには太田という人質がいるとなれば、汝らにできることは――」


「〝アルクビエレ・ドライブ〟」


 問答無用。

 宇宙の100億倍のエネルギーを直接ぶつけ、四郎は自分たちの前方の空間を根こそぎ吹き飛ばした。


 ――はずだった。


「油断を誘ったつもりか」

 消し飛んだのは糸で構成された高台だけ。それによって来客たちと同じ白い地面に降りたウンゴリ・アンズ・ントは無傷で述べる。

 瞬間的に目前へ張ったクモの巣で相殺していたのだ。

「一体化した太田の経験情報も習得しておる。異世界ダイロクノで用いた、光速移動で相対的に停止した時間の中で一日を過ごしユニークスキルを回復する手段なぞお見通しだ」


「では、拙者の口調を忘れておられるのは何故ですかな?」


「!!」


 高台が吹き飛んだことで雪のごとく舞い散る膨大な糸くず。それによって霞んだ景色の向こうから、がしゃべったからだった。


 晴れてきた煙幕の奥にいたのは、五人だったのだ。

 さっきまでいなかったはずの五人目は、何を隠そう太田拓である。


「どういうことだ!?」

 蜘蛛なのに、人目でわかるほど狼狽えるウンゴリ・アンズ・ント。


「あはは、びびってやんの。ざぁこざぁこ♥」

 を指差して嘲笑うクルス。

「あたしたちに訊かれても……」

 とリインカが困り顔を向けると、先のメアリアンも同じ表情で肩を竦めた。

「説明されても、理解できませんでしたものね」


 三人の女性陣と太田を置いて一歩前に出ると、四郎は教えだした。

「そもそも光速を超えて移動するためにタキオン化したが、光の速さを超えれば相対性理論では時間を遡る。タキオンは光速度を超越して因果率を揺るがす仮想的な粒子だ」


「う、うーむ」蜘蛛の魔王はどうにかついてこようとする。「因果率、つまり原因と結果を歪めたというのか。吾輩が太田を取り込んだ事実をなくしたと?」


「だけではない」

 科学者にして錬金術師は継続した。

「理論物理学者リチャード・ゴットが発想した時間移動タイムトラベルも用いた。膨大な質量を持つ紐状エネルギー体である直線状の宇宙ヒモを仮定すると周囲の空間を歪めその一周を360度以下で遂げることができる、加えてヒモ自体が動いていれば時間の遅延も発生する。この空間を通過すれば相対論で時が遅れるが、歪曲し切り取られたようになっているそこを移動するのに要する時間はゼロだ」


「う、宇宙ヒモだと?」ウンゴリ・アンズ・ントはこんがらがってきた。糸だけに。「そんなものどこにあったというのだ?」


「宇宙ヒモは宇宙の位相欠陥だから通ってきた途上にも自然にあったが、他にも膨大な質量を有するヒモならたくさんあったからな。おまえのお蔭で」


 四郎の指摘に、大魔王は単語からどうにか仮定を生み出した。

「……もしや、吾輩の糸が!?」


「当たりだ」

 科学者は認めた。

「材質も強度も長短も大小も自在に張り巡らせたそれには、宇宙ヒモとして活用できるものがいくつもあったよ。移動がてら使わせてもらった。宇宙ヒモあるいはほぼ同様のおまえの糸の周りを回れば、出発より以前に周回を終える時間逆行が可能ということ。これで充分な過去に戻り、太田が取り込まれる前に救ったことにした」


 説かれる先から、過去の改変による時間的矛盾タイムパラドックスで、大魔王ウンゴリ・アンズ・ントは自分の内部から太田が消えていくのを実感していた。


「勝負をつけさせてもらおう」

 そこに、四郎は堂々と宣言したのだった。

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