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進路は秒で阻まれる

 超光速とワープで、まだ大部分が残っているオタリック地上大奮塔の外壁すれすれを飛行しながら昇っていく四郎一行。

 彼らは、塔の根本があったダイキュウノの惑星から、およそ100兆光年上昇したところで強制的に停止させられた。


「ひゃあ、今度は何なのよ!」

「急ブレーキは危険ですわよ!」

「あははは、おもしろ~い♥」


 三者三様のリアクションで騒ぐ同行者の女たち。

 四郎は答えつつ周りに警戒する。

「衝撃は慣性の操作などで抑えたが、問題はこの強制力だ。感覚としては、レベルとして下なのにわたしのスキルをも封じたアルフレートのユニークスキルに似ている」


「正解」

 外壁をすり抜けて塔内部から現れた、暗色のメイド服を着た美少女。

 ウンゴリ・アンズ・ントの玉座周りにいた黒メイドの一人たる幼女タイプの彼女は、カーテシーしつつ名乗る。

「わたしめらはヒアデス。偉大なる大魔王ウンゴリ・アンズ・ント様に仕える、100人からなる最高幹部。戦闘メイドですわ」


 呆気にとられる四郎たちの前で、自己紹介は続行される。


「これは、いかなる移動系スキルをも無効化してわたしめらとの戦闘を強制する。ヒアデス共通のユニークスキル〝通行止めヌリカベ〟。わたしめらを倒さぬ限りこの先には進めな――」


「覇王炎♥」


 相変わらずの先手必勝でクルスは上級火炎魔法をぶちこむ。

 が、爆炎の中を突っ切って笑顔の黒メイドが突進してきた。


「危ない、〝冥土メイド土産みやげ〟!」


 横からメアリアンが巨大な氷柱を放った。黄泉の国からの冷気でできた絶対零度の氷塊をプレゼントするという職業メイドの最上級攻撃魔法だ。

 たちまち、直撃した氷の槍はヒアデスもろとも塔内部に深く埋没した。貫通まではしないのは、芯である蜘蛛の糸が固すぎるためだろう。


「ふう、間に合いましたわね」白いメイド女神は冷や汗を拭って言及する。「クルスちゃんの十八番を受けて無事とは、手強そうですわ。キャラも被ってましたし」

「あ、ありがとメアリアン♥」


 前の騒動ですっかり仲良くなっていたクルスは、珍しく素直に感謝した。


 けれども、


 氷柱が縦に真っ二つに割れる。間を通り、塔内部から黒い影が出てきたのだ。

 さすがに驚く四郎一行。


「同じメイドとして情けない」

 ヒアデスの一人は、衣服にさえも傷一つ負わずに涼しげに述べる。

「ウンゴリ・アンズ・ント様にこそ仕え、下等な他の者共は皆殺しにすべきです。ご主人様が取り込んだ太田の記憶を通じて、わたしめらはあなたがたの知識も会得しています。女どもでは勝てませんよ」


「て、〝転移〟!」


 恐怖に駆られたリインカが、とっさに女神の力で敵を宇宙の果てに追放する。

 次いで、四郎へと喚いた。


「なんなのあいつ。魔王でもないのに、デタラメに強そうよ!」


「……だろうな」錬金術師は深刻そうに告げる。「おまえ達が戦っている間に〝ステータスサーチ〟で分析してみた。幸い太田のεὕρηκαエウレカを借りるほどの特異性はない、倒すまで進めないだけだが――」


 それを示すようにヒアデスと遭遇した階層以上の高さに彼が拳を伸ばすと、そこの宇宙空間には半透明の壁が一瞬出現して行く手を阻んでいることを示した。

 目視できる限り、どこまでも障壁は広がっている。


「――単純な総合的戦闘能力では、あの幹部はこれまで戦ってきた魔王たちの誰よりも強い」


 戦慄する女たち。


 僅かな沈黙を挟み、クルスだけが明るい声を発する。

「えー、つよつよとか面倒なんだけど♥」


 一見平然としていたが、不安を振り払うためだと長らく共に暮らしていた四郎は見抜いていた。だから補足する。


「安心しろ、わたしには倒せる。ウンゴリ・アンズ・ントとかいったか、長いからウ◯コとでも略すか。そいつもろともな」


 突然の下品な単語に目を点にする女性陣。

 そこに――


「貴様、無礼な!」

 真後ろにワープして戻ったヒアデスが、鬼の形相で両手に宿した暗黒のオーラを四郎にぶつけようとする。

「よくも、ウンゴリ・アンズ・ント様を侮辱したな!!」


「〝アルクビエレ・ドライブ〟」

 すかさず、振り返り様に半物質をぶつけ黒メイドを対消滅させる四郎。

「隙だらけだ」もう相手のいない空間に、彼は指摘した。「主人への盲信からして、侮辱されれば無防備な怒りに任せるタイプと思ったよ」


 頭上を遮っていた半透明の壁もガラスのように砕け、溶けて消えた。

 そして再び、一行は塔の外壁に沿った上昇を開始する。


「……ねえ」

 いきなりの展開に茫然としていた女たちの中で、どうにか我に返ったリインカが尋ねる。

「勝てそうなの、よね?」


「こちらにも奥の手がある、が」

 四郎は進行方向を見据えたままだ。

「あのヒアデスとやら、全員で100人いると称してたな。1京光年続く塔の100分の1である100兆光年進んだら出てきたが」


「まさか……」

 二の句が次げなくなったメアリアンの嫌な予感を、四郎は代弁した。

「100兆光年ごとに一人ずつ、全員が控えているのかもしれんな」

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