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オタクは秒で乗っ取られる

 太田拓は、食べることと寝ることと異世界モノに触れることが好きなオタクであった。


 それが祟ってか太り気味で、言動も数十年前のオタクなこともあってか、学生時代はいじめられてきた。だが、ただひたすらおおらかという取り柄もあった。

 とはいえ人生がうまくいくわけでもない。大学に進むほどの実力も気力もなく、高卒でフリーターになった。


 働く意思もたいしてないために、職は点々とした。かといって好きなゲームも得意というわけでもなく知識があるだけで、その世界で目立つこともなかった。

 友人もなくまた仕事をやめ、このまま日陰もので人生を終わるのかと覚悟したとき。

 転機は訪れた。


「おめでとうございます! 異世界転移の権限が当選いたしました!!」


 詐欺業者みたいな文句で、突然デタラメ魔法陣でボロアパートの自室に現れたリインカによる誘いだった。

 チョロい太田は「異世界モノキタ━(゚∀゚)━!」とこれまた古臭いリアクションで歓喜し、さして考えもせずに誘いに乗った。

 そしてダイイチノを訪れ、今に至る。



 ある日。冒険者ギルドの客席でメアリアンと世間話をしながら面白そうな依頼を探していると、例のデタラメ魔法陣が出現。二人してさらわれたのだった。

 ただし、行き先はみなと別。

 メイドはリインカやクルスや四郎と共に異世界ダイキュウノに運ばれたが、太田はそこの魔王とされながらいくつもの宇宙を跨いだ先にいるウンゴリ・アンズ・ントの元へと直接転送されたのである。


「貴様が太田拓か」


 無限のような、真っ白な天と同色の大地。そこに築かれた白亜の高台と天辺の純白玉座からの声が、その根本に出現したオタクへと呼び掛けてきた。

 よく観察すれば、白一色の世界は様々な太さや硬さや材質の糸。ウンゴリ・アンズ・ントの蜘蛛の糸で構成されていたが、このときの太田は知る由もなかった。

 ただ、パニックになってキョドりながら問う。


「こ、ここはどこ? お主は誰でござるか!?」


「我輩は、ウンゴリ・アンズ・ント」

 巨大な玉座には影が座っていたが、一目見ても人間ではあり得なかった。

「元異世界ダイキュウノの大魔王。もはや、多くの宇宙を支配している故、かつての狭い括りなど無意味だがな」


 タランチュラのごとく、そいつは八本脚の毒蜘蛛と一発で認識できる黒々としたシルエットであった。

 実際、影ではなく全貌が黒かったのだ。哺乳類のような長い体毛に覆われた体長一キロほどの蜘蛛で、王族染みた王冠とマントを纏っていた。


「我輩は対象の負の感情を読み、取り込み、増大して己が力とできる」

 戦慄して震えながら立ち尽くす太田をよそに、ウンゴリ・アンズ・ントは八つの複眼を光らせて続ける。

「非モテかつ非リア、黒歴史の山、ヒッキーの無職、年齢=彼女いない歴、童貞……。それらを根源とした極上の暗き感情を有しておるようだな」


「宇宙いくつも支配してそれでござるか?」


 突然威厳も糞もなくなった発言に、思わず落ち着きを取り戻してツッコむオタクであった。


「どこまで支配を広げようと見出だせなかった、あらゆる宇宙を創造せし神が接触してきたのだ」

 スルーして、大魔王は語る。

「言葉だけだが感じたあの力量、紛うことなき最上位の神であろう。そやつが、貴様と仲間たる勇者一行を倒せば我輩と戦ってやるとの条件を突き付けてきた」


「最上位神がですと!?」


 反応できたのはそこまでだった。


 稲妻のごとく、天から繭のようなものを携えた糸が百本ほど降臨。紐解かれると、内部からは別の影たちが現れたからだ。

 ウンゴリ・アンズ・ントを囲うように、百人。

 幼女から熟女までの、それぞれ黒い角と翼を有する美しい女性たちである。全員、ゴスロリ染みた暗色のメイド服に身を包んでいた。


「オウフッ、これはまた選り取り見取りですな!」


 ハートを射抜かれたように胸を抑え、感激する太田。

 体長一キロほどのウンゴリ・アンズ・ントの全体を臨めるくらい離れた高台に、一般的な人と変わらない程度の大きさで女性たちは出現したというのに、彼のオタク・アイはどういうわけか捉えていた。


「バカげた対話はこれまでだ」


 ウンゴリ・アンズ・ントは、口から糸を吐く。

 瞬く間に太田を繭のように巻いて包み、悲鳴を上げる間もなく引き上げる。そのまま、蜘蛛は彼を丸呑みにした。


「……ふむ、少しは実力が増した気がしますぞ」

 影響で口調がオタクになってしまっていることを自覚せず、ウンゴリ(以下略)は、吼える。

「ふひひひ。さて、我輩と同化したキモオタを人質に勇者どもを根絶やしにし、挑戦権を得て神をも滅ぼすとしますかな。吾輩らが真に全多元宇宙の支配者となるのでござる!!」


 周りの黒メイドたちは、キモオタ口調に戸惑いつつもどうにか歓声と拳を振り上げていた。

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