四郎とクルスは気がつくと、見渡す限り砂と岩ばかりの荒野にいた。
空は晴れ渡っていたが、それでも先端が望めないような巨大で禍々しいデザインの塔が目の前にそそり立っている。
「なに、これが転界? 模様替えしたの?♥」
「いや」娘の問いに、四郎は脳裏の異世界ネットを探って答える。「異世界ということになっている」
「四郎!」不意に、後ろから声がかけられた。「よかった、戻って来れたのね。心配したのよ」
二人が振り返るとやや離れた後方にリインカとメアリアンがいて、前者が駆け寄ってくるところだった。
「おまえの転送ミスのせいだがな」
「クルスなんて何年も過ごしたんだから、いろいろ断罪したいとこだけど♥ とりあえずおばさん、どこなのここは?♥」
辛辣な言葉で科学者とホムンクローンが迎えると、リインカはそばで立ち止まって項垂れた。
「ご、ごめん」
「ここは、異世界ダイキュウノだそうですわ」
解説しながら、さらに後ろから歩み寄ってきたのはメアリアンだ。
「なんでも、四郎さんが最上位神様の正体に気付いたからあたくしたちも連帯責任で罰するための世界だそうですの。どういうことか説明して欲しいのはこちらでしてよ」
「ふはははは、その通りだ!」
同時、上空の彼方から声が認めた。最上位神のものだ。
「どうせこんなことになろうと密かに監視していたが、やはり休戦は無駄だったな。我が正体だけは暴かれるわけにはいかん」
地上の女三人は戸惑いながら天を仰ぎ、四郎は堂々とそうしてあっさり看破する。
「悪かったな、ヤルダバオート」
「っておい、さり気無く名前出すな!」
聞いてもピンとこない女性陣をよそに焦る最上位神。そこに、容赦なく科学者は続ける。
「やはりか。〝聖霊を買いて〟を良子に教えた自分への祈りとしたと聞いてピンときた。金銭などで霊的な事物を取引することはシモニアと呼ばれるが、これは新約聖書『使徒行伝』8章18節から24節で、使徒ぺテロやヨハネから金で聖霊の力を買おうとして叱責された魔術師シモン・マグスに由来する」
「あの、だからちょっと待って……」
「シモンはぺテロに魔術を用いて挑んだが敗れ死亡したという、キリスト教異端グノーシス派の始祖とされる。グノーシス派ではこの世の不完全さは不完全な偽りの神によって創造されたためだとする、その不完全な神こそが」
「やめろー!」
「おまえというわけだな、自称最上位神ヤルダバオート」
僅かな静寂が満ちた。後、
「不完全な神……通りで」
「すごく、納得しますわね」
「ざこっぽいもんね♥」
リインカとメアリアンとクルスが大いに了得する。
「……この野郎ども」
ヤルダバオートと呼称された、最上位神の怒りの声。俄に天上はかき曇り、雷鳴が轟き、稲妻が迸った。
「こうなったら、わたしの身の上話を聞いてもらうぞ!」
「「「そっち?」」」
女性陣たちのツッコみをよそに、ヤルダバオートは自分語りを始めた。
「元世界に伝わっているものとは多少異なるが、確かにわたしは実際に最上位な神ではなく、不完全な神なのだろう。他の神さえ創造できるが、どうせならハーレムにしようと女神ばかり創ってみたものの、そいつらもどこか変だったりするのだ」
「「あー」」
四郎とクルスがリインカとメアリアンに目を向けて理解し、睨み返されていた。
「中でも、世界の創造が不得意だった」
構わず、自称最上位神は話す。
「何度作っても、異世界ファンタジーっぽくなってしまうのだ。違うものを作ろうとしても、魔王や大魔王ゴッドブリンが生まれるような異世界にな」
「ゴッドブリンもおまえの創造物なのか?」
異世界ダイヨンノに侵攻してきたゴッドブリンは、転界を裏切った元転神の魔王でなくさらに別の異世界から来たと聞いたので四郎は尋ねた。
「間接的にはな」
ヤルダバオートは半分認めた。
「おまえが巡ってきた異世界関連のものは全てわたしの創造物だ。ゴッドブリンのように、自然発生したものを含めればだが。ともかく、わたしはそれ以外の世界のあり方も学ぼうとおまえの世界を観察したものの、結局飽きて好みの異世界ファンタジー風の世界が広がるゲームをやったりしてサボっていた」
「何してんだよ」
「そこで無課金プレイヤーで人類史上最高の頭脳を持つおまえを見出だしたのだ。わたしの生んだ不完全な世界の始末をさせると同時に、言動から何かを学ぼうと利用することを閃いたのだよ」
「するとあの事故は」
悟った四郎に、ヤルダバオートは明かした。
「安心していい、おまえの研究設備はきちんと消滅した。わたしが転界に転送して奪ったのだがな。試作品のアルクビエレ・ドライブは複雑で精密な機械だった、ネジの一本でも外せば事故に繋げるのは容易かったよ」