「クルス!!」
四郎は両手で口元に筒を作り、大声で上空に呼び掛ける。
「あれぇ、まだ生き残りがいたんだぁ♥」
言って音源を見下ろしたクルス。
二人は、百メートルほどの距離を挟んで目が合った。
「……」
しばしの沈黙のあと。
「覇王炎♥」
唐突なホムンクローンの呪文。
爆炎と共に良子が後ろに吹っ飛ばされる。四郎の脇を掠め、倒れているソ連兵の頭上を掠め、クレムリンを囲う壁をぶち破る。そのまま、クレムリン宮殿に突っ込んで爆発した。
煙を上げる宮殿を振り返って呆気に取られる科学者を目指し、メスガキは即座に降下。抱きついて歓喜する。
「もう、何年もどこ行ってたの雑魚おじさん♥ 一緒に転移させられたと思ったらクルスを一人置いて♥」
「え」四郎は喜ぶよりも戸惑いで迎えるしかなかった。「いやたぶん時間にもズレがあったんだろう。わたしはダイハチノにはさっき来たばかりだ。にしても、おまえなぜ良子を――」
『そ、総統! 』
率いられてきたイツド兵たちも全員が地に降り、後ろから合唱みたいにそろって上官へ声を掛ける。
『どういうことですか、その方はいったい?』
「クルスのパパ♥」当の総統はあっけらかんと嘯く。「パパ活でゲットしたパパだよ♥」
「そういう誤解招くような言い方は――」
制する四郎をよそに、彼女の部下たちはそろってほざいた。
『あなたが我々の尊敬する総統閣下の仰る、例のお父様ですか!』
『娘さんと結婚させてください!!』
上官が上官なら部下も部下だった。
「いや生物学的な父親じゃねーし、話ややこしくなるからちょっと黙って――」
『ところで総統』四郎をスルーして、イツド兵たちは声を揃える。『これからの行動は?』
対するクルスは呑気だった。
「全面降伏で終戦。あんたらが革命起こしてクルスを倒したことにしなさい♥」
『……えー』
さすがに不満が洩れたが一瞬だった。
「なぁに?♥ クルスのいうことが聞けないの?♥」
『滅相もございません! 仰せの通りにします!』
たいした忠誠心だ。洗脳に近い。
そんなやり取りを半ば呆れて見守りつつも、四郎は指摘してみる。
「やはりクルス。おまえなりに平和を実現しようとしていたのか?」
「まあね♥」
戦いの終わりを告げられたためか、その場に座ったりして寛ぎだす部下たちの方を向いたまま。見返りもせずに、彼女は軽い調子で答えた。
「今までも、魔王討伐までは比較的纏まってた人間たちを見てきたから。クルスが魔王になって世界を支配したあと、やられてあげようかなって。それまでは逆ハーレム作りで楽しませてもらって、ついでにパパおじさんを探しながらね♥」
態度とは裏腹に、重い背景を感じさせるものだった。魔王としてやられてあげるとは、どの程度までを想定していたのか。自分一人だけ異世界に来てしまったと苦悩していたのかもしれない。
様々な懸念は浮かんだが、クルスはあまり暗い空気を好まないので、四郎は努めて明るく受け入れた。
「……そうか、心配をかけたな。残念ながらそんなことでは平和にならんとも思うが。にしても、なぜ東側諸国から制圧をしたんだ。それに良子は大丈夫なのか、おまえのことだから加減はしただろうが」
ようやく一段落ついた気がして、四郎はクレムリンを振り返り、さっきまでの自分の部下に心配を移す。
だか、そこにクルスが掛けた言葉は不吉なものだった。
「だって、西側をあの良子少将が牛耳ってたんだもん♥」
「あらあら」
同時。クレムリン側を覆う煙の中から、そんな声を発しながら人影が歩いてきた。
「相変わらず喧嘩っ早いわね」
声音は紛れもなく良子のもので、煙幕から出るや来訪者たちに対峙する。衣服は汚れていたが、傷はほぼなさそうだ。
「どういうことだ良子?」
「どうもこうもないですよ中将」
四郎の問いに、彼女は挑発的な態度で応答した。
「本当はわたくしが転生者として世界を支配するはずだったのに、その子が邪魔したせいで西側の支配で満足しなきゃならなくなっちゃってたんです。こんなリアル風のダイハチノでもレベルやステータスがあるんで、鍛えまくったわたくしにはあの程度たいしたことないですけど」
静かに身構える四郎を嘲笑うかのように、彼女は唱える。
「〝父と子の御名によって、聖霊を買いて我に従え〟」
途端。
イツド兵たちが銃口を向けた。クルスと四郎に。
だけではない。倒れていたはずの、目視できる範囲にいたビソエト兵たちも立ち上がっている。武器を向ける先は、四郎とクルスだ。
兵士たちの顔からは生気が失せていた。まるでゾンビである。
多少なりとも狼狽える異世界人たちへと、良子は勝ち誇る。
「うーん、まとめて転生者たるあなた達も味方にできればとこの機会を狙ったのに。異世界出身者には効かないようですね。いちおう教えてあげるとわたくしのユニーク・スキルは〝