ビソエト連邦の首都スモクワ、赤の広場に四郎と良子は突如出現した。アルクビエレ・ドライブで移動してきたのだ。
「わっ、すごい!」
良子少将は一歩前に出て、前方の東洋と西洋が合わさったような街並みを見渡してはしゃぐ。
「本当にチートスキル持ちなんですね、羨ましい」
それを聞いて、四郎中将は疑問を向けた。
「状況は違えど転界による転生者なのに、おまえは与えられなかったのか?」
「あるにはあるんですが、神に祈らねば力を発揮できないとかいうムカつくものでして」
「どんな祈りだ?」
科学者は、最上位神のヒントになるのではと尋ねてみた。すると良子は、あからさまに嫌そうに呟いたのだった。
「ええとですね。〝父と子の御名によって、聖霊を買いて――〟」
「なるほど」
途中で四郎は遮る。
「キリスト教の祈りに似ているが、一点大きく異なる。最高位神の見当がついた」
「本当ですか!?」勢いよく、現状部下の関係にある少将は振り返った。「――ってわあ! へ、兵士が!」
そこで、上官の背後。クレムリンを囲う石壁前に整列していたソ連軍兵士たちに気付いてビビる。
しかし四郎は確認もせずに宥めた。
「光の屈折率を変えてわたしたち以外には透明人間状態だ。安心しろ」
「そ、そうですか」未だびくびくしながら、良子は訊く。「にしても、なぜここに?」
「資料によれば、国を落とすときはクルスが直接出向いているようだからな。モスクワにも来るだろう」
「このダイハチノではスモクワですけど。会ったとして、どうするつもりですか。現在は
ビソエトに来る以前。すでにこれまでの経緯はざっと説明されていたので、彼女は尋ねた。
「第二次世界大戦以降の世界情勢はどうなった?」
「へ?」上官からの質問返しに面食らうも、部下はやや考えてから答える。「冷戦……ですか?」
「そうだ。クルスが制圧した国は全て東側諸国だった。本人は極力被害を避けて、敵本拠地と指導者を叩いてケリをつけている。側近すら疑って殺害したという人間不審のスターリンが、身内にも自身の居場所を偽っていたからソ連制圧には苦労しているようだがな」
「ダイハチノではタスーリンですけどね」
指摘もスルーして、四郎は顎に手を当てるいつもの癖で考える。
「例外は、おそらく彼女が出現したドイツ。ベトナム、朝鮮半島など、これらに共通するのは分断国家だ。主に冷戦を起因とするな。分かれる前に自分が民主でも共産でもない支配下に置いた。あいつには、元世界の歴史も少しは教えたからな。とすると――」
そこで、大音量の空襲警報が都市全体に響いた。
「……来たか」
四郎が悟った次の瞬間には、
「〝喰う寝る
覚えのある声による呪文が反響。同時、真後ろに隊列を組んでいたソ連兵たちはなす術もなく気絶と睡眠で全員が倒れた。
軍服とゴーグルを装着した10人ほどからなるイツド魔術師兵の分隊が、編隊を構成して市外から飛んでくる。
スモクワの地上からは、まだ起きていたソ連――ビソエト軍の生き残りが機銃掃射と迫撃砲を放つ。が、強力無比な反撃の魔法と銃撃で制圧され、分隊は瞬く間にクレムリン上空にまで至った。
「もういいよ、防壁魔法張ったから撃ってきたら応戦する程度にしなさい♥」
編隊の先頭にいた人物が制すると、銃撃を続けていた部下たちがぴたりとそれをやめて、いっせいに返事をした。
『はい、総統閣下!』
まさしく、部隊を率いていたのは少しも変わっていない。あのホムンクローン。
クルスだった。