地下での一悶着を終え、階段を上りながら四郎は愚痴った。
「まったく、科学の発展のためのデータを邪な目で見すぎだろう。だいいち裸でクルスを創造したとこを目撃したくせに、何を今さら」
後ろをついてくるリインカはなおも疑う。
「じゃあ実際関係あったの、あれら?」
「な、なかったが結果論でな」
ジト目の女神を振り返らないようにして、家主は地上に出た。
「とにかく」リインカも一階につくのを待って、話を変える。「いったんわたしは元世界に帰還したいんだが、できるか?」
「どうしてまた?」
不思議そうに問いながら、ダイニングキッチンの椅子に掛ける女神。
四郎も、テーブルを挟んだ向かいに座りながらしゃべる。
「住んでいた秘密施設が気掛かりなんだ。わたしの死後はAIが生体情報の消失を検知して、研究データを削除しナノマシンがあらゆる設備ごと自動で分解自壊するようプログラムしてあったが、正常に作動したのかどうかがな」
「あんたの研究所が、転界とかに関係してるってこと?」
「それを疑ってる」
「自分のものになったアルクビエレ・ドライブじゃ行けないわけ?」
「可能だが、異世界は無限にあるんだ。100億どころじゃない。探すだけで使いきってしまう。そういう点では、狙いを定めたところにピンポイントで行けるおまえたちの転生転移の方がまだ上だ」
「まあできなくはないけど」深く腰掛け、椅子をゆっくり揺すりながら女神は注意する。「それこそタブーよ。転界が死んだはずの人間を元世界にそのまま戻すなんて、秩序がめちゃくちゃになっちゃうでしょ。休戦協定で女神復帰を許可されたのに、また喧嘩売られたとか言われて対立するかも」
まさしく、前回の協定でとりあえず転界で暴れたことは許されていたのだ。
「では別な肉体で転生するのはどうだ?」
構わず提案する相手に、テーブルの上に伏せてリインカは苦悩する。
「うー、ぎりバレないようにできそうかな。短時間なら。やったことないから上手くいくかも怪しいけど」
「ならば頼む」四郎は、彼女の心境などよそに席を立った。「わたし一人の転生くらい、アルクビエレ・ドライブで多少のズレも修正はできるだろう」
一時間後、二人は玄関前の廊下で向き合って硬直していた。
リインカに手を翳されながら四郎は問う。
「ま、まだか。立ちくたびれたんだが」
「ご、ごめんもうちょっと」
まさかここまで苦戦するとは思わず、女神は答える。
未経験の元世界への転生は他の場合とまるで違い、二人そろって金縛りのような状態に陥っていた。かといって試みはもう始まっており、下手に途中でやめれば別の世界に飛ばしかねない。
「たっだいま~♥」
そこに玄関のドアを開けて、雪だらけのクルスが外から帰ってきた。
「いやー雪遊び飽きたわー、やっぱりクルスにはオトナの遊びの方が合ってるのよね♥」
「く、クルス」四郎は身動きできずに驚く。「ずいぶん早いな、夕方って言ってたじゃないか」
実際、生まれてから初めての雪を経験した娘はそう告知して朝街へと飛び出ていったのだ。
なのにまだ昼間で、家主もここまで早く帰宅するとは予想だにしなかったのである。
「で、な~んか楽しそうなことしてるじゃん。オトナの遊び?♥」
悪戯な笑みで、クルスは父親に抱きつく。
「あー、さては。また異世界とか行く気でしょ、連れてってよ♥」
「ちょ、やめろ危ない」
「く、クルスちゃん離れて」
苦しげに四郎とリインカは注意するが、もちろん逆効果だった。
「あは♥」クルスは四郎の頬にキスしながらからかう。「んなことざこっぽく言われちゃ、ますますくっつくに決まってるじゃ~ん♥」
そして、タイミング悪くあのデタラメ魔法陣が出現。
「「「あっ」」」という三人の声を最後に、四郎とクルスを呑み込んで消えた。
住人がいなくなったあとの家で、リインカは疲れと焦りでへたり込むも、悟っていた。
「……やばい、微妙にずれたわ」と。