異世界ハジマリノのサイショノ女王国は冬になっていた。
すっかり白銀の雪に覆われた、女王都スタアト。それを見下ろす丘の上に立つ四郎の家地下で、彼はノートパソコンのキーボードを叩いていた。
「いやいやいやいや」
階段を下りたばかりのところで、水晶通信で呼び出されたリインカはその光景にツッコむ。
「なんであんた、中世ファンタジー世界で当たり前にパソコンいじってるのよ」
「またいつの間にか来ていたか、忙しくて気付かなかったぞ」
見向きもせずに迎えた四郎に、彼女はさらにツッコむ。
「呼んだのあんただし、だからどっから持ってきたのそれ」
「作ったに決まっているだろう」
「ど、どうやって?」
四郎はバカにした目で女神を見たあと、モニターに顔を戻して再びキーボードを叩きながら答える。
「宇宙の100億倍のエネルギーを扱えてアルクビエレ・ドライブを作れるわたしが、たかがパソコンくらい作れないわけがない」
「なんか腹立つわ~」怒りながらも、女神はどうにか隙を突く。「じゃあなんでこないだまでなかったのよ!」
「はあ~」
やたらデカい溜め息をわざとらしく吐いてから、彼は答えた。
「異世界にパソコンが必要か? ネット環境も整ってないから無意味、メールもビデオ通話もチャットもできない、作ったデータを共有もできないし表にも出せない、充電もできない。
仮にだ、転界辺りが後からどうにかしてやると言ったとして、それ以前の段階で〝異世界行くのに何が欲しい?〟と聞かれて〝じゃあパソコン欲しいです〟とか希望する時点でまともでない。おまえ、それどうにかしてもらえなかったらどうするつもりだったんだよと」
「あ、あの」
嫌な予感がして止める女神を差し置いて、四郎は続ける。
「どうにかしてもらったとして、元世界のネットと繋がっても連絡取り合っても意味はない。ホームシックなのか旅行のつもりなのかわからんが、異世界で生きるにはまず役に立たない情報しか得られん。
それとも何か、どっかのブログとか動画とかサイトでサバイバルの方法でも学習するつもりか? おまえは見知らぬ異国に行ってから現地でいちいちググって一から調べるつもりかと。異世界の情報なんて元世界にはないんだからそれ以上に役立たずなんだぞ。キャンプ気分かと」
「あの、や、やめて」
「ご都合主義的にパソコンが異世界の情報収集だのに対応するとか? それもうパソコンじゃねーだろと。そういう異世界の道具で、そうなる保障のなかったパソコンより最初からそういう異世界の道具でよかっただろと。おまえ無人島に何か一つ持ってくなら何にしますか? と問われてパソコンと言うのかと。異世界に行ってもらいますというところでいきなり〝じゃあパソコン持ってきます〟とかいう輩は――」
「黙れー!」(ドン!)
「パソコン太郎とか呼ばれても仕方がないな」
机を叩いたリインカは、なおも黙らない四郎の襟首をつかんで揺すりながら止める。
「おまえもう多方面に喧嘩売るのマジやめろ!」
「……なんの勘違いだか知らんが、仮にそうした物語があったとしてもいいと思うがな」
「あ、ありなんだ?」
「当然だ。ウィリアム・シェイクスピア曰く――いや、そんな話ではなかったか」
女神の腕を静かに引き剥がして、再びモニターとキーボードに集中しながら四郎は論点を変えた。
「パソコンなら元世界でさんざんいじったからな。そこで見つからなかったものを探しに来たんだ、ここにしかないものを探求するのには不要だろう。わざわざ作る必要もない。インターネットなどはパソコン一つ作っても意味はないからな」
気を取り直して、リインカは尋ねる。
「だから。なんで今は使ってるのよ」
四郎はマウスを操作し、画面上のあるアイコンをクリックして述べた。
「理由の一つとしては、ネット環境が整ったことが大きい」
そこにはでかでかと、『異世界ネット 検索』とかいう表示が出た。
女神はかじりつく。
「異世界ネットって! え、本物? どうやって盗み見てるの!?」
「こないだ転界に侵入したとき、アルクビエレ・ドライブである種のコンピュータウイルスを作って仕込みサーバーをハッキングした。あそこが、そこまでできるほど元世界のネットに似た情報の塊のような空間だったのは、いつものご都合主義だろうが。
転生や転移を自分たちだけの特権と勘違いしている驕りか、ファイアウォールもウイルス対策ソフトも不充分で楽だった。セキュリティを強化すべきだな。肝心なところはさすがにアクセス制限があるが、魔王関連の情報しかないというわけでもなさそうだ。おまえたちの権限が低かっただけかもしれん」
今まで行って来た異世界を検索して表示しながら語る四郎に、ふとリインカは不安になる。
クルスを作ったとき、彼女が全知なら異世界情報を得るのに女神が不要になるから助かるとか科学者が洩らしていたからだ。
「……あの~」そこで恐る恐る尋ねる。「もしかして、あたしもう用なしだから解雇みたいに呼んだとか?」
「かもな」
即答する相手にショックを受けまくるリインカだったが、そこで終わりではなかった。
「異世界ネットに関しては。だが友人としては必要だ」
「え?」
さりげないフォローに嬉しくなる女神を見向きもせずに、四郎はパソコンを弄っていた。