いつか見た世界。暗闇に光が無数にちりばめられた、星空のような世界。
そこに、でたらめなデザインの魔法陣が出現。四郎とリインカと太田を吐き出して消え失せた。
「やっと転界に潜入か」
「正しくは、ダイナナノで死んであたしが転生させたんだけどね」
四郎の感想に、溜め息をついてリインカは愚痴る。
「はあ、これで何回死んだんだか。助けてくれたお礼は言うけど、こっからどうするのよ」
「とりあえず調査するつもりが喧嘩を売られたんだ、買うしかないだろう」
科学者の決意に、女神は向き合って怒鳴る。
「ヤンキーか! だいいち買うって、相手は上位神のさらに上ってことになるのよ。人が勝てる道理がないわ!」
「そうですぞ!」唐突に、さっきまでダイナナノでめそめそしたまま死んだはずの太田が元気に割り込む。「拙者は次の恋を成就させるまで死んでも死にきれません!!」
「あんたはいつの間に立ち直ってんのよ!」
呆れるリインカに、オタは照れたように頭を掻きながら答えた。
「いやあダイナナノでは選択肢が限られていましたからな。自由を得た今、原点に帰ってリインカ嬢と付き合ってもいいですぞ」
一発ビンタして告られた側は断った。
「なんで上から目線かわかんないし、嫌だわ」
「ではネーション嬢を改めて紹介してください」
「いやあれ魔王だから、どんだけ節操ないのよ」
全くめげも怯みもしない太田に、逆にドン引きする女神であった。
「勝てる道理ならある」
二人の痴話喧嘩をよそに、何やら周りを見回して確認していた四郎が、忘れられかけていた話をする。
「リインカを含めて、転界の神々はどうやらみなわたしより頭が悪い。例え全能ではあっても、全知ではなさそうだ」
「確かに」
めっちゃ同意する太田だった。
「ムカつくけど、否定しかねるわね」
苛立ちつつも、リインカも観念するしかない。
実際、これまで実力で上回っていても知力でやり込められた神々ばかりだった。上位神であろうと例外ではない。いくら天才であろうと人に過ぎないはずの四郎に、敵わない神ばかりだったのである。
『全くだな』
さらに同意したのは、三人以外な男の声だった。
「さ、最上位神様の声!」
驚く三人の中で、最初に天を仰いで悟ったのはリインカだ。
他二人も慌てて確認したが、そこにも星空のようなものが広がっているのみで声音の主は確認できない。せめて情報だけでも得ようと四郎は訊く。
「イキテレラも口にしていた名だな、何者だ?」
「転界の最高神よ!」
端的に表現した女神と人間たちの混乱をよそに、最上位神と呼ばれた声は呑気な提案をする。
『休戦といきたいのだが、どうだね』
「やけにあっさりしているな」いちおう上を向きつつ、四郎はどこか拍子抜けする。「ダイナナノに閉じ込めようとしたおまえたちを、どうして信用できる?」
『信用できないなら構わんが、いくら警戒してもこちらから襲うことはない。そもそも、盗まれた魔法で人様の土地に侵入するということを仕掛けたのはおまえたちだ。元世界とやらでは、拾った他人の家の鍵を勝手に使って不法侵入する方が悪いだろう?』
「ふむ」太田は別のところに同意した。「やけに身近な例えですな。神としての威厳のなさそうな」
科学者は警戒を解かずに尋ねる。
「大臣ヤスを使って冤罪を擦り付けたのはそちらが先だ」
『いや、とりあえず何か君ら恐そうだったから』相手は情けない声色を発する。『ちょっと警告するつもりでアルクビエレ・ドライブを取り上げる理由ができればよかったんだ。大臣は大臣のやったことだしな、あそこまでやるとは。最上位神自らがルールを破って介入しすぎては下の者に示しがつかん、リインカがそばにいて連絡を取れたら止める指示もできたが』
「リインカをダイナナノに閉じ込めたのもそちらだろう」
さらなる指摘に、天の声はやや沈黙した後で意外そうに答えた。
『……え? リインカがいきなり転界で暴れて神々殴ったりしたから捕まえてたんだけど』
四郎と太田は顔を見合わせたあと、女神に注目。気まずそうに沈黙する彼女に、まずオタクが訊いた。
「……そうなのでござるか?」
「だ、だって」どうやら事実らしく、リインカは歯切れ悪く認める。「セイゾウ・セイコみたいなめちゃくちゃやる上位神の魔王がいたのは、個人的に許せなくて」
呆気に取られる太田。
四郎はしばらく頭を抱えたあと、天上を見上げて応じた。
「とりあえず、休戦というなら呑もう。だがおまえたちを信用したわけでもない」
「えー」
「こちらも、やけにあっさりですな」
『マジで? やった!』他二人の脱力したような反応をよそに、最上位神とやらははしゃいだ。『では、元世界に送迎してやろう』
言うや否や、四郎と太田とリインカのそばに見慣れたデタラメ魔法陣が出現。三人を呑み込んで消え去ったのだった。
ダイイチノの夜。錬金術師の家のダイニングキッチンに、四郎とリインカと太田は例のデタラメ魔法陣で帰還した。
ちにみに、ダイナナノで割り振られる役割不足で転送されなかったクルスとメアリアンはそこに残されていた。現地時間では一日しか経っていなかったという待っている間に、メイドが暇潰しにホムンクローンにお菓子作りを教えたりしてすっかり仲良くなっている有り様だった。
メアリアンはリインカに泣きついて再会を喜び、クルスは四郎にはしゃいで抱きつき、太田はどさくさ紛れて女子全員に抱きつこうとしてはぶっ飛ばされていた。
ただ四郎は一人複雑そうな表情で、何かを考えているようだった。