「ラプラスの魔だと!?」イキテレラは疑う。「いくら情報に関する魔法は使えるといっても、そんなものどうやって創造したというんだ! 錬金術だとでも?」
「無論、アルクビエレ・ドライブだが」
当然のように答えた四郎に、ヒロインもどきは後退って否定する。
「ありえない、転界が没収したはず!」
「もともとあれは元世界で考案されたアイディアだ。その発明を試みた実験の失敗でわたしは最初の死を経験し、転生した。そこにユニークスキルと、錬金術という魔法を得たんだ。参考にして造るくらいわけはない」
完成したのはだいぶ前だが、いちおう一度実験に失敗して死んでいる装置なので起動は控えていた。ヤス大臣に追い詰められた際の奥の手もこれだったが、使う決断をするには転界から得たものを奪われた今こそいい機会だった。
認められずに、イキテレラは再確認する。
「あのユニークスキル自体を造った、というのか!?」
「まあ、アルクビエレ・ドライブは超光速航法のアイディアだからな。わたしが造ったのはユニークスキルと同じ、宇宙の100億倍というエネルギーを利用できるものだ。一日に一度という欠点もまだ補えてないが。正確にはアルクビエレドライブ・ドライブとでも呼ぶべきか」
「くそっ、物理的にどこにあるというんだそれは!? 放置してはおけん! 人が造るなどあってはならない代物だ。教えろ!!」
我慢ならず、彼女は手のひらを四郎たちに向ける。
何らかの能力を行使するのにそんな挙動が必要なのかは怪しかったが、フィクション的なわかりやすい脅しのつもりだろう。
「教えるわけないだろう」
「では貴様を殺して使えなくしてやる!」
全く狼狽えない科学者に苛立ち、彼女は詰め寄った。
「――ぷはぁ」
とそこで唐突に大きく息を吐いたのは、四郎とはネーションを挟んだ反対側に立つリインカだった。
科学者以外の動作は封じたままのはずなので目を丸くするイキテレラの前で、中位女神は伸びをしながら言う。
「はあ、動けない振りもなかなか疲れるものね」
次いで、ネーションも肩を落として口を利く。
「もう少し耐えられんのか、つまらんネタバレになってしまったではないか。我は長らく自由がなかったせいで、逆に動けることに違和感があるくらいだというのに」
さらに、廊下に通じる教室のドアが開け放たれる。
いたのは太田で、彼は泣き叫びながらイキテレラに駆け寄った。
「動いてOKになったんですな!? 拙者は早く抱き締めたかったでござるぞイキテレラ! うおーん、なぜ捨てたのですかー!!」
「なんなんだこれは、なぜ動ける!?」
イキテレラはオタクをスルーして二階の窓を割って中庭に投げ飛ばし、四郎へと尋ねた。
「言ったはずだ。ラプラスの魔は、全宇宙の誕生から終焉までを知れると」
錬金術師にして科学者は回答する。
「おまえがループしているヒロインもどきの一生の遥か前から後まで見れるんだ。わたしがケットシーを助けパンの切れ端を捨てたことによる因果関係の連鎖によって、何億年後のどこの星の知性だったか、決定論的宇宙に不満を持った連中がいてな。この宇宙自体を創り直し、法則を書き換えることになったんだよ」
「ふざけるな!」
「人工的にインフレーションを起こして新しい宇宙を作る方法くらい、わたしの元いた世界でも宇宙物理学者の
「〝
愕然とするイキテレラに、有無を言わさずネーションが自身の必殺技をぶちこむ。
魔王時代にも用いていた、日に一度使えるツァーリボンバの10倍の威力を持つ爆炎を放つ魔法だ。
瞬時にヒロインもどきがいた側の校舎。オジョウサマ女学院が建っていた街が消し炭となる。
そちら側は見渡す限りの抉れた大地にもうもうと煙が立ち込め、炎がチリチリと燃えているだけの景色となったのだ。
「あ、あんた」姉の隣でリインカが抗議する。「この世界の人たちを! あとついでに太田まで巻き込んだわね!」
「相変わらず甘いな妹よ。敵は上位神だぞ、一切の隙を与えず葬るべき――」
彼女のもたらした破壊は、一瞬にして逆回し映像のように巻き戻った。
「だっ!?」
煙と炎は吸い込まれ、街と校舎は塵から再建される。
復活したイキテレラは、ネーションの襟首をつかんでいた。
「中位の魔王ごときが嘗めるなよ。ぼくが上位神として無条件で与えられている能力は、時間の操作だ!」
「ま、また転界に逆戻りかー!?」
そんな断末魔で、上位女神の手中でネーションは粉塵と化し、消滅した。
「……まあ」リインカは割と平気そうに見送る。「反省が足りないみたいだったし仕方ないか」
「次はおまえたちだ!」
吼えるイキテレラと真っ直ぐ対峙して、四郎は不敵に返してやった。
「おまえこそ、もう死亡フラグが立っている」