手元に表示した半透明のホログラム染みたゲームにおけるマップみたいなものを参照して案内するリインカに先導され、四郎は荒廃した街を歩くはめになっていた。
行き交う市民は一様に薄汚れ、疲れた様子である。とはいえ、壊れた建物には足場が組まれ、大工による修復が行われているものもあった。
「世界を見回って得た情報によれば、戦争があったらしい。この国はどうにか勝ったが、終わったばかりで復興もままならないといったところか」
「戦争!?」肩を並べて歩くリインカが案じる。「魔王軍はいなくなったのに!」
「人同士の争いだ。魔物がいなくとも諍いは絶えん。リアルなら当然の話だろう」
「リアルなって……」
「異世界ダイヨンノはいわゆるご都合主義的ナーロッパではないようだ。微弱な魔法が存在するだけで元世界の史実に近い中世ヨーロッパ風な世界らしい。如何せん、ダークファンタジーだな。単にリアルなだけでダークになってしまうのも妙だが」
「通りで……」
女神は泥で汚れた自分の靴に顔をしかめた。頭上の光輪は自信なさげに傾き、背中の翼はしょげたように畳まれる。
そこそこ大きい通りだというのに、舗装はされておらず土が剥き出し、隅には雑草。最近雨が降ったのか多少ぬかるんでいた。
「おまえはまた把握していないんだな。リアル寄りの世界に、そんな翼と光輪を持ったまま来るのも信じがたいが」
「こ、こういう場合、姿は現地人にはTPOに配慮して認識されるよう神魔法で調整されてるわよ。それにあたしだって忙しいんだから、見学のための異世界まで把握してないの! 親友で後輩の女神がここを救って定住決めたって話も最近
呆れる隣人に言い訳していると、汚れた農夫が馬を連れてそばを横切る。思わず鼻をつまんでしまうリインカだった。
馬糞を垂れ流す家畜と主人が行き過ぎるや、四郎は囁く。
「臭うか。元世界の中世欧州では上下水道もろくに整っていなかったからな、平時でもそこそこの城主が二週間くらい風呂に入らないこともあったそうだ」
「にしたって」
と目線を道の両端に泳がせるリインカ。
ところどころに動物のものどころか人の糞尿も転がっている。中には野菜の切れ端みたいな生ゴミや、壊れた家財の破片などもある。
「ポイ捨ては言わずもがな。家にトイレもなく、おまるへの排泄物を窓から外に捨てるなんてこともざらだ。リアル中世欧州ならな」
珍しくなさそうに四郎は教える。
「汲み取り屋が機能しているところもあったが、戦後でそうした打撃も受けたのかもしれん」
考えてみれば、二一世紀の元世界でも災害などで電気ガス水道が止まってしまえば未だ似た状況になりうる。
科学によるインフラが整っていない中世ならもっと過酷だろうし、普段から近い状況だろう。魔法は存在するはずだが、たいした恩恵を与えるものではないようだ。
「……ともかく、着いたわ。よかった、お店は無事みたい」
安堵の声を上げて、リインカは手元に表示していた地図を消した。
そこはようやく石畳で舗装された大通りに繋がる一角で、一際目立つ建築物があった。
「街はロマネスクだが一軒だけアール・ヌーヴォーか、目立つな」
四郎の独白通りの建築様式だった。比較的無事な石造りで二階建てだが、小さな損傷はいくつかあるし、汚れてはいる上に二階外側に掲げられた大きな看板はボコボコで、傾いていた。
どうにか綺麗にしようとしたが、途中で断念したみたいな有り様だ。
看板にはダイヨンノの文字が記してあったが、ダイイチノ以来リインカの力で異世界の言葉は母国語に自動翻訳されるとかいう魔法の効果が書いたものにも及ぶのか、『異世界★メイド喫茶♥(*^^*)』と読めた。
「メイドとか記号とか顔文字は母国語というのか? いや、それはいい」
ツッコみかけた四郎だが、どうせろくな答えが返ってこないだろうと、もっと大きな疑問を投げてみる。
「この場所に案内した理由は?」
「例の親友女神が定住してるとこなのよ」
心配そうに店舗を見上げて、リインカは答えた。
「『〝料理上手で超絶美少女なあたくしが異世界メイド喫茶でスローライフを満喫してたら大繁盛しちゃいましたわ★〟作戦』だって言ってたわ」
「タイトルを変えるべきだな」
四郎は冷酷に指摘した。