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スライムは秒で最強になる

 新たな異世界に、てきとうな魔法陣が出現した。

 それが消えると、さっきまではいなかった四郎とリインカと太田とクルスがいつの間にか佇んでいた。


 やけに柔らかい足場に。


「!? ――〝アルクビエレ・ドライブ〟!」


 みなが反応するより先に、四郎は唱える。

 途端、四人は38万kmほど離れた元世界でいう月に該当する衛星の、砂と石の上に再転移する。四郎と太田は前回の最新鋭宇宙服に身を包み、リインカはその効果を受け、クルスはホムンクローンとしてのあらゆる環境への耐性で適応していた。


「あはは、おもしろーい♥」

「またもや宇宙空間とは油断なりませんな。このスーツは四郎氏が着せてくれたのでござるか?」

「なんでよ、最初ちゃんと足場あったでしょ!」

 人造人間は楽し気に、オタクは怯え、女神は焦って言及する。


「前回を警戒して、転移前の大気をしばらく周囲に保つよう調整して正解だった」

 緊張した声を四郎は発した。

「んなっ!」

 リインカが怒ろうとしたが、より早く彼は前方を指差して教える。

「さっきわたしたちが出現したのは、あの上だ」


 述べて彼が示した先には、星空を背景にした青い星があった。

 ちょうど月から眺める地球くらい。あるいはそれと似た異世界の星。

 ……ではなかった。

 そいつは巨大な――


「反応が早いな勇者一行」青い星が口を利いた。「やはりこの弱い肉体では、取り込みきるのに時間が掛かったようじゃな」


 自分以外の三人が呆気に取られる中、科学者は語る。

「今さら、なぜここにも地球にとっての月と同じ位置に似た衛星があるのかとか、なぜ奴も宇宙で会話が可能で音声がタイムラグなしで届くのかとかはツッコまん。それどころではない。遅かったようだ、星は食われたらしい」


 そう、青い星は星ではなかった。青いグミのような質感の球体、


 巨大なスライムであった。


 およそ地球サイズの。


「い、異世界があった場所があいつの身体の一部になってたってこと?」


 狼狽える女神。

 他方、いつになく真剣な顔貌になった太田はユニークスキル〝εὕρηκαエウレカ〟を発動。放たれた眼光でスライムを射抜く。


「……奴が盗んだ魔法が判明しましたぞ! 〝アイギスの盾〟だそうでござる。心当たりは?」


 太田拓は転生者でなく転移者故に、ユニークスキルの備わり方も違った。元世界の特技を延長するものを与えることが許可されたらしい。

 彼の場合、異世界モノへの知識から感覚で捉えた対象の情報を暴くものに特化した〝εὕρηκαエウレカ〟となった。秘密暴露の魔法や特技は他にもあるが、彼を超えるものはダイイチノでは発見されていない。


「え? ええ、〝アイギスの盾〟は――」オタクに尋ねられたリインカも我に返り、ようやく答える。「――あらゆる外部刺激を吸収する防御力が身に付いて、その効能は弱者ほど上がる魔法よ! そうか、それであいつは転生体にぎりぎり魔法を使える最弱の魔物、スライムを選択したのね?!」


「ふん。分析力はたいしたものだが、知ったところでどうにもなるまい」

 スライムは余裕で勝ち誇る。

「この魔王アースライム様には、もはやどんな攻撃も効かんのじゃからな!」


「え~、つよつよのざぁことか萎える~♥」

 さすがのクルスも不満げに唇を尖らせた。


 もはや、元から体を表す名前だったのかとかツッコむ者もいなかった。彼らは、未知の防御力を誇る惑星サイズの敵と対峙することになったのだから。


 なにより、


「四郎氏、拙者の〝εὕρηκαエウレカ〟でもアースライムとやらの防御力がどれほどかはわかりませんな」


「だとしたら」

 分析を続けていた太田に、そこで四郎は信じ難いことを口走ったのだった。


したかもしれない」


 転生して以来、初めて発声した二文字。思わず、同行する三人は彼に着目する。

 すると科学者は事由を述べた。


「スライムは身体のどこでも口にでき、そこから外部のエネルギーを取り込むという微弱な魔法で食事をする。わたしは、距離をとるために奴の表面で〝アルクビエレ・ドライブ〟を使ったからな、吸収された可能性が高い」


 戦慄する四人の前で、すでにアースライムはさらなる巨大化を始めていた。  

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