目玉がついた不定形なグミのような生物、スライムが草原を跳ねていた。
ふと、動きを止めるや目を吊り上げ、背丈の様々な草を掻き分けながら一方向に突進を始める。
向かう先にはクルスが立っていたが、
「〝ファイアウェーブ〟♥」
ウインクしながら軽く指を鳴らすと、指先から炎の波を出してスライムを焼き払った。
「あははよわよわ、ざぁこざぁこ♥」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ女児。
隣接する荘園の畑では作業中の農民たちが見守っていて、クルスの後ろにいた四郎や太田を含めて感謝した。
「ありがとうございますお嬢ちゃん、錬金術師様に学者様方も」
四郎と太田は手を振って応えた。
「スライムといえば、ここではあれだな」目線をクルスが倒したモンスターの炭に戻し、彼は話した。「魔王ネーションに操られていたスライムは洗脳が解けたが、もとからハジマリノにいた原生
すぐそばでリインカが答える。
「そう、みたいね」
「農作物を食い荒らす上に、人を襲うこともある害獣扱いですな。とはいえ、ゴブリン以下の最下級モンスターですぞ。元世界での脅威度としてはナメクジというよりネズミみたいなものでござろう。なのに……」
反対側では太田が言及する。というのも女神曰く、
「うん、なぜかこれから行ってもらう第三異世界〝ダイサンノ〟はハジマリノと全く同じスライムによって、危機に瀕してるようなのよ」
とのことだった。そこで、せっかくだからこの世界のスライムを観察しながら話を聞くことにしたのである。
ちなみに今いるのはチョイサキ大草原。女王都スタアトとは四郎の家がある丘を挟んで反対側に位置し、街で最大の荘園チョイサキに隣接している。
魔物はほぼスライムくらいしか出現しないため、魔王がいた頃の〝魔王戦争時代〟は初心者向けの冒険地域だった。
「不思議ですな」新たに足元にちょこちょこ寄ってきたスライムを見下ろし、オタクは言及する「たいていのゲームでもスライムは雑魚でしょうに」
「
その生物を抱えて、四郎は述べた。
「初期のスライムはフィクションでも雑魚ではなかった。1953年にジョセフ・ペイン・ブレナンがこの種のモンスターに初めて〝スライム〟の名を与えたが、様々な生物を同化吸収する厄介な存在だった。30年代にH・P・ラヴクラフトが『狂気の山脈にて』で登場させたショゴスも近いが、創造種を絶滅させ神と渡り合うほどだ。ロバート・E・ハワードの『忍び寄る影』にもソッグという似た怪物がいるが、こちらは神そのものだった。
58年の映画『マックイーンの絶対の危機』のブロブもピンク色のスライムだが、ほとんど弱点がない。ゲームにおいても74年の『ダンジョンズ&ドラゴンズ』におけるスライムはほぼ打撃が無効で駆除しがたく、巨大に成長する厄介者だ。後の『ウィザードリィ』辺りから弱者として扱われることが増えていくがな。
どうにせよ、スライムが雑魚というのは元世界でも発想後しばらくしてからのイメージで、それが異世界にも適用されるなら奇妙だ。現にそうなっているのだからツッコみは野暮だが」
腕の中でもがいていたスライムは噛みついた。
口はないので、攻撃の意思によって全身のどこかに魔力を集中することで行われる。エネルギーを吸収するある種の微弱な魔法で捕食をするのが生態だ。
もちろん弱い故に食事の時間は掛かるしたいして痛みはないが、四郎は放り投げた。
「〝アイスウェーブ〟♥」
そこに冷気の最下級魔法をクルスがぶつけ、空中で氷像に変えて粉砕する。
彼女は遠くにいるもはや逃げだすばかりのスライムたちにも魔法を連発した。
「〝ダイヤダスト〟♥ 〝ブレインパニク〟♥ 〝
無属性魔法で切り刻み、誘惑魔法で混乱させ、
もはやスライムは見渡す範囲から消え失せた。ここまでやっては草原も焦土になるところだが、狙いが洗練されていて敵を消滅させるのみに圧縮されていた。けっこう、焦げてはいるが。
「にしても」
様々なものを分析できる独自のユニークスキル補助魔法、〝
「クルス嬢のステータスは魔法力に特化していますな。職業はホムンクルス。MPはカンストで、知る限り攻撃系の全魔法をレベル1にして網羅していますぞ。操縦テクニックもご覧のように最高峰。他は平均より下ですがあらゆる環境への完璧な適応力もある、これなら拙者のように宇宙でも死にますまい。あ、スライムの倒しすぎでレベルは5になりましたな。……パンツは純白ですか。ふひひ」
「どこ調べてんのよ!」
ビンタする女神だった。
「ついでにギルドから駆除の依頼を受けておいて正解だったな。もう達成だ。クルスのステータスも興味深いが、ともかく今はスライムの謎だ」
四郎は話題を戻す。
「第三異世界ダイサンノにここと全く同じスライムがいるというのはまたご都合主義的だが、人間がいる時点でツッコみも無駄なので捨て置こう。他にわかっていることは?」
「うーん、今回の魔王は姉さんやあたしと同じ元中位神ってことね」
リインカは、腕を組んで首を捻りながら教える。
「中位になると自らを転生もさせられる、姉さんの滅びた肉体が仮初めだったみたいに。それとそいつは上位神から一つの神魔法を盗んだんだけど、他にもあちこちでいろいろ盗られてるから、具体的に何を盗んだのか調査しきれてないのよね。とりあえず安全な転移地点は確保してあるから、そこから慎重に調べて対処しましよう。これも仕事よ」
「また宇宙空間は勘弁ですからな、ふひひ」
ぶたれた頬を擦りながら笑う太田。一方、四郎はひたすら呆れていた。
「本当に転界神たちは真面目にやってるのか。世界を救うより危機に陥れる方が多いのでは。少なくとも、わたしはそれしか知らん」
「そ、そういうとこを助ける役目をあんたに回してるからよ。普通に救ってる世界はもっといっぱいあるんですぅ!」
と、膨れっ面で反論する女神であった。