円陀Bケンプ共和国、
日本の城に似た唱和城で、果心居士は
「いろいろわかりましたけど、急いでるんですよ」
そんな説明を受けるも、聖真は苛々しながら答えた。
果心によれば、この街の妖精門で彼は聖真を待っていて、到着と同時に魔法で眠らせただけ。それから数時間ほどしか経っていないという。とはいえ、
「世話になった国で戦争が起きてて、友達みたいな人たちも戦ってるんです。おれが止められるかもしれないなら、ゆっくりしてられないんですって!」
「そう急くな」
必死で訴えたが、のんびりと果心は応じる。
「主が事態を解決できるとしても、可能性は拙僧らがもたらした救世主の預言に依存するもの。身を任せる他なかろう」
「そ、そりゃそうですけど」
二人は舟に乗っていた。一本の木をくり貫いて作った手漕ぎボートみたいだが、塗装もなにもないシンプルさでオールすらない。なのに果心に案内され、二人で向かい合って座るや勝手に進みだしていた。
彼には、明智光秀の前で屏風絵の小舟を実体化させたとの言い伝えもある。なんとなくそれを想起させる舟だった。
唱和城内にはどういうわけか人影がなく、目覚めたところから望めた海リュツォ・ホルム湾に面していた城の船着き場から今はそちらに進んでいる。
遠くには東洋風の大きな帆船も望めた。空には、海鳥に紛れて鴨に似た伝説の鳥である
振り返れば、舟が出てきた桟橋の左右に延びる城壁の上や端には、江戸時代の日本を魔法で発展させたような街並みが窺えた。こんな状況でなければどこか懐かしく、心休まる風景だったかもしれない。
そこで、落ち着いて考えてみる。
意図は不明だが、まさしく救世主の力が果心の与えたものなら確かに従う他ない。
「どうだ。拙僧と話すのが先決だろう、その先に預言の続きも明らかとなる。聞きたいことはないか?」
「……わかりました」
呑み込み難い条件を、聖真は何とか呑む。
「なら」だから、居住まいを正して尋ねた。「ここに呼んだのもあなた達だっていうなら、おれは何なんですか?」
「ファンタジィ世界を舞台にしたゲェムを知っておろう」
似合わないカタカナ語を交えて、果心は継続した。
「主はいわばテストプレイヤァのようなもの。この世が上手くできているか確認するべく、外から招いた客人だ」
「どうして、おれが?」
「残念ながら、主である必然性はない。外の人間がアンタークティカで魔法を使えるかどうか試すため、ある程度の水準以上の知識を有し、世界を歩いて生き心地を試せる人物なら誰でもよかった。最初の来訪者は、外世界の魔法に関するあらゆる知識や経験が魔力となるよう調整したからのう。
そうした基準を満たす者という条件だけを設け、ランダムで召喚しただけのこと。ここでは日本の理屈がいくらか通じるが、それは拙僧が最も遅く眠り最も早く目覚めたからだ。主が日本人なのも同じ理由だな」
「な、なんだよそれ」
聖真は地味にショックを受ける。自分である必要はなかったとあっさり言われればそうだ。元より乗り気ではなかったが、選ばれた者のような嬉しさがなかったかといえば嘘になる。これまでもさんざん持ち上げられてきた。なのに特に意味はないとはガッカリだった。
「主が強力な魔法使いになってしまうことを見越して預言板に細工も施し、救世主ということにしたが」
果心は本人の心情などスルーする。
「どの程度かはテストするまではっきりせんかったのでな。動向は、
そこで、聖真は若干期待する。
「魔物とかを倒して戦争を終わらせてくれるって意味ですか? 預言では、解決できるってことにしたんだから」
「魔物か」
果心は、重苦しそうに答えた。
「世界を再構築してよりおよそ一万年眠っていたからのう。基本的な外界の魔術法則を取り入れる以外は自然な発展に任せた。かくして独自の魔法体系も出来上がったが、悪しき側面もしかり。魔物たちを召喚したのも、マリーバード女教皇国の過ちであった。拙僧が目覚めた三百年前にはすでに遅く、警告を預言として当時の大国に配る措置が精一杯であった。
結局、魔法の世でも人々は様々な問題を抱えたままで、このありさまというわけだ。やはり外の科学との融合が不可欠なのだろう。ともあれ、拙僧らは人界に魔術を復活させるのが目的、人外で有害な魔物は邪魔だ」
聖真は次の一言に希望を託した。
しかし、果心居士が口走ったのはこんなものだった。
「そこで神等階梯大禁呪法、〝ヨハネの黙示録〟で魔物を一掃することを計画したのだよ。なにしろ、マリーバード女教皇国を変貌せしめたのは、これをあえて途中まで行って中断するという業によるものでな。応用するにはちょうどよかったのだ。主を召喚したもう一つの意味でもある、あれは救世主の再来で終わるからのう」
一瞬、静寂が満ちた。
「……待ってください」
救世主の役割を与えられた男子高校生は、知識を探って口にする。
「それって、誰かを犠牲にするんじゃ?」
ヨハネの黙示録。
新約聖書の最後を飾る唯一予言的性質を持つ書。
抽象的な内容からなるその解釈は、様々にある。
過去の出来事、文学的作品、宗教的普遍的イメージを描写したもの。など。うち一つに未来の予言、中でも世界の終末を描いたものとする理解がある。偽救世主が出現し、やがて本物の救世主も再臨。神や天使との戦争で悪魔たちが大敗するが、大多数の人類も死傷する様が描かれていると。
魔法として言及されたからには、何かの記録や作品的なものではありえないだろう。とすれば――
「さよう、エリザベス・コーツの民には犠牲になってもらう」
「なんで!」
最も嫌な予想を認められていきりたち、不安定な舟上ということも構わず聖真は起立してしまう。
果心居士は、特定の武将などに取り入って敵方に幻術を使用したともされる。冷徹な側面も鑑みておくべきだったのかもしれない。
「アンタークティカも不完全だからのう」平然と幻術師は話す。「人同士の諍いに興味はないが、初めに拙僧を見出だしたのはノイシュバーベン・モード女帝国であった。早い者勝ちというわけで、生贄を用意してもろうたのだ」
「じゃあ、あなたがこの戦争を仕組んだのか!!」
気色ばんで聖真は糾明する。
「
「そんなんで、世界が良くなるわけない!!」
もはや迷う理由はなかった。
聖真は、老人につかみ掛かろうとしながら吼えたのだ。
「あなたは間違ってる、考え直すべきだ!!」