砂漠の港街バイアテラノア。
エリザベス・コーツ王女国とビクトリア女王国の境に座してもいるここは、コーツ側の西バイアテラノアとビクトリア側の東バイアテラノアからなる。両国の同盟関係の象徴でもある。
とはいえ、街のちょうど中央を縦断する国境には壁と警備が敷かれ、通行にはある程度の許可が必要だ。
夜の港街は、火のように赤い花を咲かせたシダが絡み付く石造りの四角い家々を中心とした建物たちが、青薔薇炎による灯に満たされていた。両国領土に一つずつ直立し街で最も高く天に向かって牙を剥く蛇の外見を有する同じシンボル、
船着き場も仄かに照らされ、小型の船を始め、大型帆船やガレー船まで停泊していた。うちいくつかは青い炎を灯して、夜間にしかできない漁をすべく動いている。
東側はビクトリアにおける首都である
そうした説明を、馬車小屋に角馬車を預けた同行者たちに受けながら聖真は灯台沿いの大通りを歩いていた。
「にしても結構いるな、夜なのに。王女都の昼くらい出歩いてないか?」
多種多様な種族による人込みに、感想を洩らす。
実際、混雑していた。うっかりしていると、ぶつかりそうなほどだ。なにせ、上を向いている人が多いのだから。
理由は察しが着いた。街のシンボルだという双頭蛇灯台は、魔力の波長を変えることによって青以外の色とりどりとなった薔薇炎による照明で、スカイツリーよろしくライトアップされていたからだ。
けれどチェチリアは教える。
「夜がここまで騒がしくなったのは二カ月前からだよ。今日は特に七夕だからだが」
「通りで、建物に纏わりつくシダが花を咲かせてるわけだ」
本来シダは花咲かないが、スラヴ神話では〝クラーパの火の花〟と呼ばれるものが七月七日にだけ咲く。伝説のそれには魔法的な力があるが、誰も特に注目していないところを見ると違いもあるのだろう。
とにかく、今は人々の注視先である上が気になって聖真は訊く。
「じゃあ結構最近できたんだな、この灯台」
「違います」
今度はルワイダだ。
「あれらは二百年前この辺りに巣食って周辺住人に被害をもたらしていた
「なら改装したとか?」
その発想も、最後の同行者フレデリカが否定する。
「いいえ、みんな灯台を観賞しているわけではねーですから」
そして、彼女は指差した。
「あれです」
指先は、灯台ではなく空に向けられていた。
なるほどよく観察すれば、みなも塔のさらに向こう、天空を仰いでいるようだ。釣られて、聖真も目線を向けてみた。
国境線を平行になぞるように、見事な天の川が横断していた。
「おお、すげえな。天の川か。砂漠でチェチリアが言ってたのはこれか、おれとは関係なさそうだけど」
口にしてから疑問が再燃する。
――天の川は横から見た銀河系の星々だ。やっぱりここは銀河に属する星、それも地球の南極なんだろうか。待て、そもそも天の川と言って通じるのか。
「ええ、ミルキーウェイです」
天の川の英語呼称が通用するというのはフレデリカによって証明された。
「天棚機姫神の月七日ですから。特別よく観察できやがるので人がゴミのようにいますが、注視を集めているのは暗い部分ですね」
説明を受けてよくよく観察してみると、天の川は真ん中辺りが途切れていた。一部だけ星がなく、真っ暗なのだ。
聖真は釈然としないながらも洩らす。
「この世界での天の川は空白があんの?」
「ああなったのは最近ですな」
ルワイダが補足する。
「みな奇跡だと仰っています。ヘラが築いた母乳の川に救世主が懸け橋をもたらし、織姫と彦星が再会できる道を作ったと」
どうやら天の川の伝承については、西洋と東洋のものが混ざっているらしい。あれを女神ヘラの母乳の道とするのはギリシャ神話、川と見立てて織姫と彦星の恋人同士を隔てているとするのは中国由来だ。
「んじゃ、暗い部分は最近できたんだな」聖真は疑問を挟む。「けどそれが救世主のせいって、そんなに何でもかんでもおれのせいにされちゃ……」
そこまで口にして、嫌な予感がした。
「……まさか」
「そうだよ」
絶句する男子高校生に、チェチリアは先読みして容赦なく告げた。
「あれができたのは二カ月前。君は王女都スヴェアで使用した大神等階梯魔法によって、次席六魔神の司令官アガリアレプトと五〇万の悪魔軍団、十八魔属官の長官ブエルの半身と、その向こうの――」
そして言った。
「幾千万もの星々を光ごと消し飛ばしたんだ」