以前聖真が出現した、猛吹雪で荒れる氷原。
巨獣の毛皮を纏った、仲間内で最も巨体な二〇メートル超えのフリームスルスが、握りに装飾が施された豪美な金砕棒を振り下ろした。
それは刀に受け止められた。十メートルほどある金棒に対し、ごく普通サイズの
ただしこちらも装飾は優美。
大陸で一人にしか扱えない宝刀、
握るのは十三歳で褐色肌、身長一三八センチの小柄な少女。
ぎりぎりと武器同士が両者の腕力で震え、氷塊巨人の冷気で刃は凍りつく。とはいえ、フリースムルスは両腕を使っているのに少女は片手だ。
二人をぐるりと囲むように、寒冷地用の厚着武装をした人の騎士や魔術師からなる兵士たち百人ほどと、氷塊巨人数百人とが、決闘の行く末を見守っている。
ビシッ。重みによって少女の足元で氷床に盛大なひびが走った。
「はっ!」
少女は一声、気合を吐く。
だけで。刃の凍結は砕け、勝負も決した。
金棒は真っ二つに両断されたのだ。それが地に落ちる頃には、刀剣の切っ先は相手に突き付けられていた。
「勝負あったね、酋長」どよめく人と巨人たちを置き去りに、少女は宣告する。「約束通り、なんで協定を破ったのか話してもらうね」
「……さすがだ、剛毅勇者チェチリア」
酋長と呼ばれた対戦相手は観念した。
たった一太刀で、このフリームスルス一族のうち最強を破った少女。彼女こそは〝救世主に迫る伝説〟と雷名を轟かせる勇者、チェチリア=
彼女らは〝チェチリア遊撃隊〟として、救世主を迎えに来たフレデリカたち〝送迎遠征隊〟を遠巻きに周囲で援護していた。
一帯はフリームスルスらを含む巨人を中心とした多様な人外種族からなる、人の言うところの〝中央蛮族〟の巣窟だからだ。
蛮族以外にとっては未開の地で、長らく土地などを巡って周辺と対立し小競り合いをしてきた歴史がある。
そこに出現すると預言された救世主を迎えるにあたって、エリザベス・コーツ王女国は年単位の交渉の末に蛮族の一部フリースムルスの小集団と一定期間だけ停戦。食料や日用品を提供するのと引き換えに目的地まで続く支配領域の通行許可を得るという、〝通行自由協定〟を結んでいた。
それが事前通告なしに破棄され、フレデリカたちは襲撃されたわけだ。
幸い、救世主の起こした奇跡と勇者たちが切り開いた退路でフレデリカたちは無事王女国へと帰還できた。他方、フリームスルスと遊撃隊の戦いは休息を挟みながらも数日間継続され、双方共に多数の犠牲が出て嫌戦気分が湧きだしたところで、チェチリアが酋長との一騎打ちによる解決を申し出たのである。勝者の条件を呑んでの終戦という案で。
フリームスルスは土地を求めて応じ、遊撃隊は情報を求めた。
かくして酋長は、敗北を認めて地響きと共に胡坐を掻くと座り、勇者も剣をおさめる。
「簡単な話だ」
吹雪がややおさまるのを待って、巨人の代表は明かした。
「わしらは基本的に、人間に味方する神々とは対立しておる。神に仇なす魔族の方が近い。王女国と協定を結んだあとディアボロス魔帝国から極秘裏により良い提案をなされてな、後者を優先するのは自然というもの」
ディアボロス魔帝国は、神々と敵対し人類支配を模索する魔族たちの国家だ。当然、エリザベス・コーツとも対立している。
「なるほどね」
チェチリアはいくらか納得するも、新たな疑問をぶつける。
「でも救世主が離脱してからも戦ったのはなぜだい? 互いに剣のおさめどころを見失っていたのもあるだろうけど、まだ勝機を模索しているみたいだったよ。魔族の提案とやらに関係あるのかな?」
まさしく。勇者が最強のフリームスルスを一撃で降したように、戦いは終始、人間側が優勢だった。
「下らぬ意地に過ぎん。負けて目が覚めた、まずは非礼を詫びたい」
酋長が片手を挙げると、それを合図に氷塊巨人全員が彼の後ろで整列し始めた。
「約束を反故にするのは卑怯であった。なるべく多くの一族で王女陛下に詫びよう。必要とあらば、のちに陛下のもとへ馳せ参じる。とりあえずは記録でもしてもらえれば助かるが」
「そんなこと、あとでいいんだけど」
チェチリアは戸惑い断ろうとしたが、巨人たちはすでに準備万端だ。人間たちにも和んでいく雰囲気さえあった。
遊撃隊から、一つの影が歩み出て勇者の隣に並び言う。
「剛毅の、いかが致しましょうか?」
彼女は、チェチリアより頭ひとつ分くらい大きい鳥だった。
全体的に白く、首周りとそこに提げている
片方の翼を手のようにして、蛇の巻きつくデザインの杖をつく美しい鳥だ。
手遅れでない限りあらゆる病をアヌビスの小袋に吸収して癒せる霊鳥〝カラドリウス〟。それと人の間に生まれたとされる、ハーフ・カラドリウスの白魔術師だった。
「
「撮影する気満々だね、ルワイダ」
鳥の名を呼んでチェチリアは呆れる。
板は、
聖真の元いた世界での、水晶玉で透視をする占い師の道具を発展させたようなもの。映した光景や拾った音声を遠距離の別のクリスタルと送受信できる。
いわばテレビ電話染みた使い方を実現していて、形状も転がっての紛失を防ぎポケットなどにも収めやすいよう二一世紀前半型スマホに似たものとなっていた。違う点としては、何枚もくっつけることで大画面として撮影範囲も大きくできる点などだ。
けれど、チェチリアは引っ掛かるものを感じた。
ルワイダの言葉通り、勇者の水晶板は割れている。隊には元からあと数枚ある程度だった。もういくつ無事かはわからないが。
なんにせよ、酋長の申し出は唐突過ぎはしないだろうか、と。
「あの、我々のも何枚か無事です」
危惧をよそに、後方にいた兵の一人が仲間から集めたクリスタルタブレットを持って前へ駆けてきた。
――これか!
「待って!」
チェチリは止めたが遅かった。
突如として酋長は折れた金棒でルワイダに、もう一方の腕で兵士に殴りかかる。否、狙いは二人じゃない。
ルワイダは避けたがタブレッドは掠められて割れ、兵士は自分ごと叩き潰された。僅かな差で、勇者は酋長を斬る。
「連絡手段の断絶が目当て!?」
チェチリアの問いに、胴体へ刃を埋められた酋長は苦悶しながらも答える。
「……憎む者共を排せるのならば、悪魔でも頼りたくなるものよ。救世主を奪還されても粘った真の理由は、未だ勝機が……あるからだ」
つまり、クリスタルタブレットを破壊すれば逆転の目があるということ。勝負は終わっていないというのだ。
「ディアボロス魔帝国、万歳!」
叫んで、地響きと共に巨体が後ろに崩れる。巻き起こる雪煙を背に、チェチリアは踵を返して駆けだしていた。
ようやく巨人たちへと構えた兵士たちへ呼び掛ける。
「相手にしないで! 狙いはぼくらが留守中の王女都だよ!!」
確かにフリームスルスたちに戦闘を続行する気配はない、棒立ちだ。気付いた兵たちは、徐々にチェチリアへ付いて走りだす。中央の外へと。
なにせ勇者は救世主に迫る戦闘力を有するとされ、この戦場も一人で九割方おさめていた。ルワイダも国内最上級の癒し手である。
当初から、騒ぎが起きた場合は遊撃隊が鎮圧する手筈だった。しかもタイミングの悪いことに、時同じくして隣国との国境でも小競り合いがあったと救援要請がきて一時的に混乱もしていた。
情報がどこかから洩れていたとすれば、チェチリアの推測はあり得る。
勇者は呼んだ。
「〝
吹雪の中。腰に差した刀の柄頭から、彼女を乗せるに相応しいサイズの狼が陽炎のごとく出現する。クトネシリカに宿るアイヌ
やや並走し、チェチリアはそいつに跳んで跨った。
兵士たちも後方に待機させておいた、寒冷地移動用に慣らし鞍などを装備させた自分たちの白熊に乗って後に続く。
「剛毅の」
低空飛行で、先頭を行くチェチリアに並ぶルワイダが話しかける。
「面目ない。無益な殺生もさせてしまいました、クリタブが標的とは読めず」
「お互い様だよ、ぼくも阻止できなかった。人類種族のみへの不殺も所詮は勝手な偽善だ」勇者は思考を切り替える。「それより君はここらの地形も暗記してるよね。一番近い
「進行方向へ二〇〇
「やっぱりか」
そこしか思い当たらなかったので方向を決めたが、聞きたくはない答えだった。どう急いでもまる一日は掛かる距離だ。
「全軍」
チェチリアは仲間たちに指示を出す。
「前線基地から王女都に連絡し、