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大牙と角笛

 ハーメルンに並ぶ三角屋根の上を渡りながら、二人の妖精騎士はとてつもない剣舞を演じていた。


「我が家系は落ち目の貴族だった」

 うち一方のピエールが、斬りつけつつ訴える。

「そんな中で、ぼくだけは剣技が得意だったんだ。地元には敵う者なし、一族期待の星だったよ。そこにおまえが立ちはだかった。本来なら、ぼくがフランスで最も秀でた新人剣士として名声を得、家の再興をも遂げるはずだったんだ!」

 振るわれる刃がジョフロアの大牙に受けられ、火花が散る。鍔迫り合いをしながら、裏切りの騎士は吼えた。

「でも訓練で交戦し、差を実感してからは仕方がないと納得していた。おまえは真摯に努力したのだろうと」

 ピエールは、もう一人の剣士を屋根の隅まで弾く。

「なのに欺いた! その力は、妖精から得たものなんだろう!! 妖力を借りれば簡単に判別できたよ、親友を装いながらぼくを騙してたってな!」


「違う!」

 斬りかかってきた友を大牙で受け、クロードは否定する。

「――いや、最初はそうだった。でもおれはもう、騎士団では妖精の才に頼っていない!」


「二度と惑わされないぞ! ここで雌雄を決してやる!!」

 さらに強力な一撃を放つピエール。

 たまらず吹き飛ばされたクロードは隣の切妻屋根に背中から落下、十数フィートも滑る。

「もはやぼくにも、人を裏切るのと引き換えに妖精から授与された力がある」

 目前にジャンプしてきて、裏切り者は切っ先を突きつけ宣告した。


「この剣、〝パンの角笛剣シュリンクス〟だ。こいつは奔放な異教の牧神パンの眷族が欲望を満たす際に用いる音色で、人を誘い出せる。太古の神々の性である女や、純粋無垢な子供は特に魔力が強いからな。近くの修道院で実験して調整し、両性質を備える少女を含む子供らだけでも作戦の妨げから除去しようとしたが、また邪魔されたわけだ」


 しゃべりながらピエールが「〝変奏曲バリエーション〟」と口ずさんで腕を横に薙ぐ。彼の刀身が一瞬異様に長大となり、さっきまで二人がいた隣の家屋を真っ二つにした。


「この刃は斬る刹那に〝音〟となる。音は振動。楽器を好むパンの種族は音波を操り、それが伝わる媒体も裂ける。人間の可聴域外の超音波ともなり、おまえには捉えることもできない。彼らの信徒は素手で動物を八つ裂きにできる身体力も有し、そいつもぼくに与えられている。妖力があれば条件は五分、真の腕前はこっちが上だと証明してやる。もはやぼくは人類をネズミのように屠る妖精、ネズミ取り男ラッテンフェンガーだ!!」


 ――ピエールの力は厄介そうだった。

 瞬間的にだけ音波になる刃では、イメージできるものしか斬れない大牙での対抗は難しい。

 ジョフロアはオーガの〝命〟を断ったように不定形な概念をも斬れるが、それはクロードにも命がある故に理解できたからだ。〝酔い〟が斬れたのも酔ったことがあるため。さっきは〝音〟も断ったが、問題の角笛がもたらした音色が聞こえており認識できたからだ。

 聴いたこともない音、まして、聴覚で捉えられないものともなれば想像の外である。


「落ち着け!」

 クロードはどうにか説得を試みる。

「おれはいいが、妖精に味方して無関係の人々に危害を加えてどうなる。そんなことをすればいくら強くても、なおさら一族は認められないぞ」

「どこまでも無知だな」

 皮肉ぎみに嘲り、ピエールは嘆いた。

「おまえに阻まれ名を上げれずにいる間に、家は潰されて資産は強奪されたよ。あのシャンパーニュ伯領の子爵に仕掛けられた、事実無根によるフェーデでな。妖精に手を貸したのは復讐に協力してもらうためでもあった!」


 動揺する暇もなく振り下ろされた剣を、クロードは空間切断で回避する。彼が直前までいた場所には大穴があき、屋根裏部屋が覗いた。


「……王も、ぼくには期待していた」

 隣接する建物上にワープしたかつての親友に、ピエールは横目で睨んで恨みをぶつける。

「名声が届いていれば、もう少し我が家に目をかけてくれたかもしれないのに。もはや、人界に頼れるものも誇れるものもない」

 ラッテンフェンガーはまたも、ものすごい速度で斬りかかった。弾いた親友は煙突の上へ飛翔する。

 間髪をいれない追撃に再度の鍔迫り合いとなり、ピエールは噛み付く。

「だから妖精界でも高名なメリュジーヌの子孫たるおまえを始末し、向こうで名を上げることにした!!」


 受け止める親友は、廃墟でのことを想起して望みをかける。

「付近の修道院で実験をしたと言ったな」


「あれも覚悟の表れだ」

 煙突の上で一合、二合と斬り結び、クロードは願いを託す。

「テンプル騎士団の拠点だろう、通り掛かった。地下にいた修道騎士は、おまえが助けたんじゃないのか。人心は捨てきれないんだろう?」

 そうだ。あの生存者は、そんな証言をしていた。

「……たった一人だ」三合目で三度の鍔迫り合いとなり、ピエールは認める。「それがどうした、他は見殺しにしたんだ。後戻りなどできない!!」

 妖精騎士は、盟友を蹴落とした。あとを追いながら煙突を幾重にも輪切りにしていく。

 全ての斬撃を紙一重で避け、一足先に屋根へ着地したクロード。彼は、上から迫るピエールに対して覚悟を決めた。


「……〝リュジニャン〟!」


 辛そうに唱えられた呪文。二人の衝突は、建物を一軒まるごと崩壊させた。

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