操り人形から覚醒した若者とそれを案じる人々。彼らに紛れ、まだトーナメントの道具などが点在する広場の中央に、明らかに異質な人影があったのだ。
――派手な落書きのされた樽を衣服みたいに着て、口元には鉄製の横笛のようなものをくわえた人物である。
まさしく――
「あれよ! ハーメルンの笛吹き男!!」
「あいつが?」興奮する未来人に、クロードは標的を確認する。「なぜ、そう断定できるんだ」
「だって〝派手な服を着て笛を吹く男〟じゃない、それが笛吹き男なの! だいたい異常すぎるでしょあの格好」
二人は、もう怪人物の元へと接近しだしていた。いくらか迫ったところで、騎士は納得する。
「……確かに。だがおれには、大酒飲みの騒々しい輩に見える」
「大酒のみで騒々しい? それこそ、根拠はなによ」
「これは晒し刑だ」
不思議そうな少女へと、騎士は説く。
「くわえさせられているのは〝騒がしい人の笛〟。名称どおり、騒々しい者の口を塞ぐものだが側面は指締め器としても機能する。それで手をあのように固定されるさまが、笛を吹いているように見えるのが由来だ。着せられているのは〝酔っ払いのマント〟。こちらは大酒飲みへの刑罰で、樽の上下と両側面に頭と手足を通す穴を空けたものだ。こいつを着せて大衆に晒し、落書きなどをして辱めるんだよ」
「そ、そうなの。てことは、勘違い……かな?」
「いや」
肩を落とすスミエに、クロードは推理する。
「まさにこの姿が〝派手な装いの笛吹き〟として、後世に伝えられたのかもしれん。未来で歴史が捏造されているというなら、なおさらな」
なんとなく得心がいった未来人は、とりあえず二人で笛吹き男候補の正体を暴くことにする。そいつはほぼ背を向けていたからだ。
目近に着くと、クロードとスミエは恐る恐る正面に回り込んだ。
途端に、
「おまえは」一驚したのは騎士のほうだった。「ロドルフ! やはり無事だったのか!?」
まさに、以前喧嘩別れした相手だった。街に着いた当初、死んだと教えられていた〝強面のロドルフ〟である。
クロードたちは知らなかったが、宿屋に泊まった彼らを屋外から見守っていたのもロドルフともう一人であった。
「お、お知り合いで?」
騒ぎの中、動揺しつつもどうにか傍らで見張りを継続していた男が声を掛けてきた。身なりからして警備兵だ。
受刑者である太めの大男はクロードに反応してなにかを訴えているが、くわえさせられた器具のせいで「ふがふが」としか発音できていない。スミエだけが突飛な展開に置いてけぼりだった。
「この受刑者はおれの戦友」騎士は警備兵に返答した。「〝強面のロドルフ〟だ!」
「ええっ! あの名うての騎士の!?」
仰天したあとに、警備兵は言う。
「噂は少々伝わってますし、本人もそう名乗っておりましたがまさか。顔は存じませんでしたし、死亡したと伺っていたもので」
「な、なんで晒し刑なんかになってるわけ?」
みっともない樽男が、そこそこイケメンなクロードの知人ということに当惑しながらも、どうにかスミエも問う。
「はい、ご覧の通り」警備兵は、樽男を腕で示す。「昨晩みなが寝静まったあとに、彼が街中で支離滅裂なことを喚き散らしていたもので、夜警が拘束したのです。装備品は騎士のようでしたし、トーナメント参加者が酔っ払っているのだろうと判断されまして。酷く暴れるものですから、このような処置を」
「ロドルフはなにを訴えていた?」
クロードが警備兵に詰め寄り、樽男はもがく。
「ふがががー、ふがー!」
「はい」兵は回答した。「妖精が街を滅ぼすとかなんとか……」
「ふがっ! ふががっ! ふがー!」
「なんだと、もっと詳しく!」
さらに警備兵の肩をつかんで揺さぶり、遍歴騎士は質す。樽男はジャンプしながら騒ぐ。
「ふがががががー!」
「ちょっと黙れ!」
そこに叱責し、クロードは再度兵へと向き直った。
「で?」
「ええと」相手は苦悩して吐露する。「すみませんが世迷言と判断しておりましたので、よく憶えていないですね。街を壊滅させる妖精の襲撃なんて今時ありえませんし」
「くっ、大事なときに!」
地面を蹴って、クロードは本気で悔しがった。
樽男は呆れ顔である。さすがに、スミエは小さく挙手してツッコんだ。
「あ、あのさ。本人に訊いたらよくない?」
クロードと警備兵は樽男のほうを向いて時間を止めた。ややあって、騎士の側が開口する。
「し、知ってたし」赤面しつつも、彼はまた兵に要求する。「そうだよ頼む、騒がしい人の笛をはずせ!」
「いえ、これは刑罰ですから勝手にそんなことは」
「〝リュジニャン――
断られるや否や、クロードは鍛冶屋の格好をした壮年男性の鍛冶神を一瞬召喚。その振り下ろした金槌で笛だけを両断した。
「はあはあ」口枷から解放されると、ロドルフはもがいた影響で息を荒げながら喚いた。「す、すまんクロード。さっきの対応は除くが、おまえは正しかった!」
「いったいどうした、なにがあった?」
「仕組まれていたんだ、ピエールとセシールにな。奴らは妖精の援軍を招き、オレ様とアンヌは裏切られて殺されかけたよ。冥土の土産にとあいつらがばらした、この街の襲撃計画までの時間もなかったからな。戦死を装って、二手に分かれて危機に対処しようとしていたんだ」
「お、オレ様って」
翻訳機を心配するスミエ。彼女をよそに、クロードは考察する。
「いくらか聞いていたが、そういうことか」
「クロード、おまえは妖精の血を引いているそうだな」
ロドルフの指摘に一瞬、はっとしたクロード。けれども、彼は落ち着いて問うた。
「おまえも、それを?」
「ああ、そこもピエールとセシールから暴露された」彼は教える。「あいつらも熟知していて動向を悟らせないために、妖精に通じる異能を持つおまえを引き離したんだ。そもそもあの子爵の情報はさり気なくセシールがアンヌに話したものだった。〝金払いはいいが性格の悪い権力者の噂があって嫌だ〟ってな。アンヌならオレ様に相談して、二人で子爵に賛同すると踏んだんだろう」
あそこでクロードと揉めることも計算だったというわけだ。
衝撃的な内容だが、いくらか予想していた。風変わりな樽男をどうにか受け入れたらしいスミエと目顔を合わせて意思を確認したあと、クロードは再度ロドルフに対向して言った。
「……ピエールたちは妖精に肩入れしていたわけか。しかし、おまえたちまで巻き込んでなんでそんなことを?」