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泥酔と異音

 太陽が東の空から顔を出した頃に、クロードはそんな夢から覚めた。

 奇妙な音楽が原因だったが、それ以前に体調がよくなかった。

「……ん、なんだこれは?」

 長テーブルに突っ伏すように寝ていた彼が第一声を発する。身を起こすと、上から重なるように眠っていたスミエも反動で転がされ、下着姿で目覚めてぼやいた。

「あ、……頭痛い。――って!」

 己のありさまを察し、ばっと上半身を持ち上げた未来人。とうにはずれて引っかかってるだけだったブラジャーが落ちた。


「ぶっ!」

 形のいい乳房に、変な叫びを発するしかないクロード。


「なァに脱がしてんのよッ! エッチ!!」

「ま、待てって! おれはなにも――ごふッ」

 もちろん無駄で、蹴り倒される騎士だった。

 一方、赤くなりながらもブラをつけ直し、散らかっていた制服を着用しつつ見下ろしてくるスミエは、追撃さえ加えてきそうな形相だ。けれどもどういうわけか、動きは鈍い。

「お、落ち着けって」必死になだめる騎士。「様子がおかしい。他の客はともかく、おれはそんなに酔った覚えはないんだが」

 追い詰められながらも、僅かに見回した視界が捉えたのだ。

 昨晩と同様の宴会の席。参加していた騎士や魔術師たちが、みな室内で雑魚寝状態になっているのを。


「酔うって、これお酒飲んだからなの?」ふらつきつつ、スミエは問う。「この耳鳴りみたいなのも? あたし飲んでないわよ。未成年だし、おまけにこんな野郎どもの真っただ中で睡眠なんてとれそうにないし」

 まさしく、クロードも二日酔いのような症状にあった。みなも酒臭い。なのに、そんなに飲酒した記憶もない。

 なにより、さっきから内耳に反響している音色は、どうやらスミエにも届いているらしい。


「〝リュジニャン――バッカスΒάκχος〟」

 腰の鞘を握り、クロードは唱える。

 たちまち、ワインボトルを抱えキトンを纏ったがたいのいいイケオジ壮年男性の酒神が二人の間に具現化。手にするグラスに満たされた葡萄酒を飲み干して消える。


「あれ、すっきりした。どういうこと?」

 急に平気そうになり、スミエが不思議がる。

「おれとおまえの〝酒気〟を斬った」騎士は身構えつつ言及する。「酒を飲みすぎていたことになってるらしい、心当たりはないが」

「あたしだって! けど、このおかしな音楽はなんなのよ?」

「別の要因だ。おれにも聞こえている」

「あ」と、スミエがぎょっとした顔つきになる。「あたしの健康を保つゼノンドライブが防御してる。この旋律、よくないわよ!」

「――音も斬った。おれにもおまえにももう聞こえんはずだが……」

 剣を掲げたクロードが立ちあがる。そこで、第三者の会話が飛び交ったのだった。


「ね、ねえ。どうしたのよ!」

「なんだ、まだ酔ってんのか!?」

 視点を向けると、客たちの何人かがふらふらと部屋を出ようとしている。若者ばかりだった。

 声はそうした者たちを引き止めよとしている友人知人らしき人物たちで、いずれも止められている相手より年上のようだ。

 なのに構わず、若い者たちは操り人形のごとく歩行していく。


「どうやら、なにかが起きているらしいな」

 クロードが口にすると、スミエはショックを受けた。

「アンヌさんの警告どおりに? まだ六月二三日でしょ、ヨハネとパウロの日まであと三日もあるのに。なんで!!」

「さあな」顎をしゃくって操り人形のような行進を示し、騎士は提言した。「だが音が係わってるのも、笛吹き男の伝説やテンプル騎士団の遺言とも合致する。追跡すれば、原因をつかめるかもしれん」


 館内では全員が酔い潰れて熟睡していた。どうやら起床しだしたのはうち若者、それもクロードたちと同様なら奇妙な音色が聞こえた者たちと、その動きで揺すられたもっと年上の者たちだけらしい。

 幸か不幸か。くぐつのように歩む若者たちの速度は遅く、クロードとスミエにはあちこち駆け回って事象をいくらか調べる余裕があった。


 まず、行進する若者たちには意識がなかった。あのまま対策しなければ、クロードたちもそうなっていたかもしれない。それ以外の起きた者たちは自分たちがいつ就寝したのか憶えておらず、音楽も届いていないらしい。

 とりあえずクロードは館内全員の酔いと睡眠を斬り、頼りになりそうな騎士や魔術師を自分たちと共に武装させ、事態打開のための協力を願い出た。彼自身でさえ理解するのに日数を要した笛吹き男の件は省いたが、目覚めさえすれば若い仲間の異常行動は誰にでも明白だったので、みな快く手伝ってくれた。


 操り人形を追って表に出ると、現象は市内全域を覆っているらしかった。

 市中の、歩けるくらいになった幼子から上は当時の成人年齢であるクロードらと同等の十代半ば頃の若者たちまでが、同様のくぐつ状態にあるのだ。スミエがそれらの進行方向を確認すると、相棒の遍歴騎士は全部の奇妙な音を断った。

 ――マルクト広場から東の門を、操り人形たちは目指していたからだ。子供たちがそこから旅立って先のコッペンで消失したというのが、〝ハーメルンの笛吹き男事件〟である。

 我に返った若者たちと彼らを引きとめようとした群衆で、たちまち一帯はパニックに陥った。


「どうやら、確実みたいね」

 館の出口付近で、周囲を見渡してスミエがしゃべる。

「たぶんあのメロディーは、モスキート音みたいなものなんじゃないかな。これがテンプル騎士団の人も警告してた音がしない楽器、ハーメルンの笛の正体かも。主に若者にのみ聞こえる高周波数音よ」

「ほう」騎士の了解は意外と早かった。「そうした音域での呪歌のようなものなら、若者たちだけが催眠状態に陥るかもしれんわけか」


 まだ思考しているような彼の横顔を、スミエはふと観察する。

「ね、ねえ。クロード」

「なんだ?」

「もしさ……」唐突に、しおらしくなって未来人は語る。「……もし今日で事件が解決したらさ。あなたと、お別れになっちゃうのかな」

「セクハラがどうのと不満だったんじゃないのか」

「うっさいわね、そうよ!」

 いったん隣人を小突いてから、再度おとなしくなって彼女は話す。

「けど。まだ日数的にあとのことかなって構えてたから……って!」


 クロードの後背にはマルクト広場が位置していた。彼に眼差しを向けたスミエは、何気なく逸らした視線でそこに発見をしたのだ。


「い、いたー!」

 とっさに、女子中学生はそいつを指差す。

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