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稽古と友情

 ――満月の晩。満点の星明りの下でのことだった。

 焚き火のそばで木剣の剣戟が楽曲を紡いでいた。奏者は、王都パリにいた頃のクロードとピエールだ。

 郊外にある草原。大きな石柱の整列する遺跡に悪妖精避けの結界を張り、軽い装備で訓練をしていたのだ。


 占星術を習ったというピエールの恋人が流星群の到来を予言したので、よく見晴らせるというここに二人で遊びにきたのである。貴婦人らと眺めるのも魅力的だったが、なんとなく友人と来てみようと互いに思ったのだった。

 むしろ今回は試しで、これで実際に観賞できたなら今度は女性を連れてこようという彼らの魂胆でもあった。今にしてみれば、このときのピエールの彼女とはセシールだったのかもしれない。


 稽古は、予告された星の降雨時間までの暇潰しに過ぎなかったが、かなり熱が入っていた。

 やがて、クロードがピエールを圧倒した。勝者が、敗者の喉に切っ先を突きつける。

「はあはあ……ま、まだまだ!」

 ピエールは吼えて起き、さらに斬りかかろうとした。――クロードは弾く。

 敗者の木剣は宙を舞い、遠くに落ちた。

「もうやめておけ」

 クロードも息を荒げながら警告する。

 すると悔しそうな苦笑いで、ようやくピエールは敗北を認めたのだった。


 まもなく、持参した星図から割り出せる予言の時刻が近付いた。二人は草原に寝そべって夜空を見上げ、流れ星の来訪を待った。

 しばらく、静寂と虫の声だけが木霊する。

「……にしても」

 流星が遅いので、クロードはさっきの一戦を振り返った。

「いつも実戦のようだな、おまえの剣捌きは。最初に会ったときは、そうでもなかった印象だが」

「そっちこそ。初対面の頃は生意気だったのに、〝アラゴンの傷跡〟を倒して以来ずいぶん謙虚になったじゃないか。しばらくは落ち込んで、剣の腕まで鈍っていたようだが」

「スランプを乗り越えて成長したのさ。おまえはどうしてそんな剣になったんだ?」

「唯一の取り柄だからな」ピエールは自嘲した。「自分より強者との力比べがおもしろくなったんだ。つい夢中になる。いつか君をも超えてみせるよ、クロード」

「そいつは楽しみだ」


「……なあ、クロード」

 今度は逆に、ピエールが問うてきた。

「おまえは、腕前をどこに活かしたい?」

「そりゃ封主だろう」クロードは即答する。「できる限り、大義のある主君に仕えたいものだ。そうしながら、世の行く末を見極めたい。人間たちがどこに辿り着くかを」

 彼は焚き火の傍らにある自分たちの荷物を見据える。そこには、ジョフロアの大牙も置いてあった。

「おまえらしいな」


 応じた親友に、クロードは質問を返す。

「そういうベンジーはどうなんだ」

「ぼくは平和がいい」ピエールが回答した。「誰もが静かに、平穏に生涯を送れるような世にしたい。平和のために、刃を振るいたいんだ」

「武器で平和になるか?」

「なるさ」

 自信に満ちて彼は立った。焚き火に向かい、自分の真剣を抜いて月光に掲げる。

「平和を望む者が誰よりも強くなれたなら、きっと。英雄たちが夢見てきたように。そしたら武装も不要になるさ。そいつが無理なら……」


「無理なら?」

「付き合ってる彼女の、故郷のような世界にしたい。そこは綺麗なんだそうだ。今夜眺められるはずの、流星群みたいに」

「けっ、おのろけかよ」


 クロードはからかって、彼を小突いた。ピエールはよろめきながらも反抗する。


「羨ましいんだろ」

「別にぃ」

 二人は、そんな風にはしゃいでいた。

 野獣の遠吠えが轟いた。結局、流星雨は訪れなかった。

 予言とは、いいかげんなものだった。

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