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メリュジーヌと呪い

 かつて、レモンダンという騎士がいた。彼は不幸に見舞われていたところを、泉で美しい女性と巡り会ったことで救われた。

 女性の名はメリュジーヌ。彼女には魔法のような不思議な能力があり、それで助けてくれたのだ。

 二人は恋に落ち、メリュジーヌの名の一部を取ったリュジニャン王家の始祖となり、大いに繁栄した。

 レモンダンは幸福を獲得したが、二つだけ気掛かりなことがあった。

 一つは、メリュジーヌが毎週土曜に行う自分の水浴びを覗かないよう忠告していたこと。もう一つは、二人の間に生まれる奇妙な子供たちのことだった。

 レモンダンとメリュジーヌは十人もの子宝に恵まれたが、全員がおのおの、一つ目であったり牙があったり頬にライオンの足があったりという奇異な容姿だったのである。おまけに、彼らには英雄的な才能があった。

 それでもレモンダンは妻を愛していたので、どちらのこともありのままに受け入れていた。なのにあるとき、ふとしたきっかけで彼は妻の土曜の水浴びを覗いてしまったのだ。すると彼女は、


 ――下半身が長大な水蛇になっていたのである。


 ……レモンダンは、それでも妻への愛情から黙っていることにした。

 ところがそんな折。二人の息子で、勇猛かつ粗暴で大きな牙を持つジョフロアが暗雲を招いた。

 彼は弟のフロモンが騎士でなく修道士になったことを気に入らずに憤慨し、彼がいた修道院ごと多数の人員もろとも焼き払ってしまったのだ。

 この凶報にレモンダンは嘆き悲しみ、ついにメリュジーヌを「蛇女」と罵倒。彼女の特異な性質が子供をそんな風にしたのではないかと罵ってしまった。


 瞬間、なにもかもが終わった。


 実は、メリュジーヌは人と妖精の男女間にできた子だった。だがお産を覗いてはならないという妖精の母との約束を破った父のせいで、父親のいる人間界からは離れて母親と妖精界で育った。

 こうした経緯からメリュジーヌは父を恨む少女に育ち、あるとき姉妹と共謀して魔法による復讐をしてしまう。それは、母の望まないことだった。

 かくして、姉妹は母妖精から呪いを掛けられた。うちメリュジーヌが受けたのは、〝毎週土曜に下半身が蛇に変化するが、夫となる人物が受け入れてくれれば幸せになれる〟というものだった。

 にも拘わらず、レモンダンは彼女を拒絶してしまったのだ。故に、メリュジーヌは離別せねばならなくなったのである。



「――レモンダンは後悔したが、もう遅かった。以降、リュジニャン家は徐々に衰えだしている。これが、我が家系の神話だ」

 物悲しげに、クロードはまとめた。彼とスミエは、もはや手すりに背をもたれさせて座っていた。

 未来少女は不思議そうに問う。

「……めちゃくちゃ胡散臭いけど、マジ話なの? だいたい、あんたリュジニャンじゃなくてオリヴィエだったわよね?」

「未来人談を信用しろと言う割に、疑り深いな」

「あ、ごめん」

「まあいい」


 自称未来人を許して、騎士は先を紡ぐ。

「とにかく。妖精界に帰ったメリュジーヌは以後、リュジニャンの末裔が死ぬ直前にそばに現れ、涙にくれる妖精になったという。問題はここからだ」

 そこからは、さらに口にしにくそうに発声する。

「……実は父が大病を患ってな、もう他界している。話題は飛ぶようだが、ヨーロッパには泣女バンシーという妖精がいるんだ。たいていは女の姿で、死期が迫った者の家を訪問して泣く存在だ」


「それが、メリュジーヌ?」


「いいや、メリュジーヌはリュジニャン家にのみ来訪する。両者の性質が似ているだけだ。そして、我が家系はレモンダンの血を引いていることを忘れていた。だから姓もオリヴィエなんだ」


「ふむふむ、つまり?」


「ようするに。尊敬する立派な騎士だった父の病床に付き添っていたところ、メリュジーヌが出現したことがあったんだ。おれはとっさに、死期を招くバンシーだと勘違いして追い払うつもりで斬りつけてしまった」

 腰に帯びていた長剣を、彼は鞘ごとベルトからはずして掲げた。

「このロングソードでな。メリュジーヌの母はアーサー王伝説に起源を持つ妖精神、湖の乙女ダーム・デュ・ラックだ。当然通用するわけもなく逆に呪いを受けた。先祖の過ちを忘失し、リュジニャンの始祖に背いた報いだろう。妖力を与えられたんだ」


「もしかして、あのなんでも切断剣? あんなに強くなるのが呪いなの?」


「どうかな。……妖精の加護を得ることを願いつつ、一族の名であり彼らが驚異をもたらした喊声〝リュジニャン〟を唱えれば、こいつは対象を司る妖精と共にイメージできるものなら、あらゆるものを両断する神威を宿す。聖剣デュランダルや宝剣ジュワユーズと同質の素材に変容していて、壊れることもない。現在の名称は妖精剣〝ジョフロアの大牙デファンス〟だ」


「ますますいいことだらけじゃないの」


「そうとは限らん」

 憧れるような未来人へと、クロードは皮肉っぽく付加した。

「力を求める者は多いからな、おれの能力を知れば生きた兵器にしようとする者が現れる。望まぬ戦闘にも駆り出されるだろう。避けたくばそいつらも排除せねばならない。ようは死ぬまで闘えということだろう。弟を殺したジョフロアがもたらした破局や、子孫でありながらメリュジーヌに刃向かった人間には似合いの報いだと」


 潤んだ瞳で、彼は天涯を仰いだ。

 目線の先で流星が一筋堕ちた。それがクロードの堪えた涙のようで、スミエはなんだか哀れに思えた。

「マイナスに捉えすぎな気もするけど、あなたも大変なのかもね……って、わァ!」

 慰めようと彼へと手を伸ばしたところで未来人はどういうわけかよろけ、気付いて支えようとした騎士と抱き合う格好になる。

 すぐそばにある宴会場で、酒の入った客たちが何人かそんな様を偶然目撃。たちまち、ヒューヒュー的なくだらないはやしが飛ぶ。

「なにすんのよ!」

 真っ赤になって身を離し、スミエはビンタしようとする。


「おまえのほうから――待て! そこが主題だ!!」


 未来人は想起した。

 そういえばそうだった。もとはといえば彼の家系にまつわる伝説は、なぜかスミエの胸を鷲づかみにした弁明として始まったのだと。

「……情けないから隠し通したかったが」いちおう制裁を止めた少女に、騎士は告げる。「このやり取りももう面倒だからな。弁解しておくと、おれはもうひとつ別種の呪いも受けたんだ」

 少女が訝しげながらもしぶしぶ手を下げると、ほっと息をついて彼は暴露した。

「覗きで夫婦関係を絶縁させたレモンダンの罪を反省させるためらしい。あの、おまえの科学の反作用と似ている。……妖力を借りるたび、おれは偶然、女に破廉恥な誤解をされるような行為をするよう仕向けられるんだ。そういう事情もあって妖力の乱用は控えていたが、おまえに会ってから波乱ばかりだからな」

 ぽかんとする少女。一分ほど空いてから、ようやく彼女は感想を洩らす。

「な、なにそれ」

「よ、ようは、今みたいなこと。これまであったそういうことは、このせいなんだ」

 よほど恥ずかしいのか、騎士は頬を真っ赤に染めつつ声を上擦らせる。

「だから。お、ぉこらなぃでくれよ」


「……ぷっ」

 ややあって、スミエは吹きだす。

「あはははははははっ! なにそれー!? ラッキースケベの呪い? バカみたーい、超ウケる――――! あははははっ!!」

「……はっ、はははは……そうだよな」安心したように、クロードも恐る恐る笑った。「おもしろいだけだよな。じゃあ、今後もそういうことがあるだろうが、気にしないということで。いいよな、はははははっ!」

 二人で爆笑する。

 しかし。だんだんとスミエの額に青筋が立ってきていることを、クロードは気取れなかった。

 かくして未来人はさりげなく平手を振り上げ……。


 ――本気で騎士へと下ろしながら吼えた。

「気にするわァーーーーーーーーーーッ!!」


「ぎゃああああーーーーっ!!」

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