「――たくなんなのよ!」
宴会の催されている食堂のある館上階から、表に迫り出したバルコニー。そこに連れ出されたスミエは、さっそく不満をぶちまける。
「人をぶった上にくっだらない用事だったら、ゼノンドライブでぶっ飛ばすからね!」
二人は手すりに背を預けた。
対面する形になった食堂を覗き、みなが食事に夢中なことと周囲に人影がないことを確認してクロードも叱責する。
「――こちらの心境だ! 昼間のあの決勝、ピエールとセシールはまともじゃなかった。それをどうどうと本人たちに暴露するやつがあるか!!」
「そうなの?」未来人は意外そうである。
「そうだわ!」騎士は返す。「魔女部門のジョストは参加者を場外にするか転倒させる程度と言ったろう! あのとき、おれも騎士部門で殺されかけたんだ!!」
「なーんだ。なら早く教えなさいよ」
そこはもっともだった。
話せる機会が訪れてもしばらく黙っていたのだ。だが戦友の裏切りがショックでクロードは話題にするのを躊躇していたのである。
彼の心情を無視して、未来人はといえばのたまう。
「あたしはてっきり、彼女が初撃でゼノンドライブの防御を見切ったんじゃないかって考慮したわ。二発目にしてもやろうとすれば無傷で抑え込めたけど、せっかくなら勝ちたかったし。調整が下手でやり過ぎちゃったけどね」
「ま、まあ」ここで騎士は、もっととんでもないことを喚起した。「どちらかといえば、おまえの反撃のほうがやばかったかもしれんな」
「でしょ?」その使用主たる少女は、なぜか得意げである。「だからゼノンドライブは容易く発揮できないのよ。普段は健康を保つようにだけ作用させてるから、そんくらいのバリアなら楽に張れるけど、それ以外ではあれでもうまく制御できたほうなの。あたしは試合後からそこで悩んでたわけ」
「にしては、破壊も全部修復していたが?」
「装着したのはプロトタイプだからね、魔術と科学のそういう制限も残存してるのよ。魔術での〝人を呪わば穴二つ〟、科学だと〝エネルギー保存則〟みたいなもの。使った傾向と逆効果で同等のエネルギーも否応なしに発生しちゃうわけ。
小規模なものなら普段から変換先を決めてるけど。何かを破壊する攻撃をマイナスエネルギーとすなら、病気や怪我からの回復や予防、食事や睡眠なしでの身体活動といったプラスエネルギーへ、とか。早めに反対に流れる方向を決めないと勝手に変換先が選定されて、天変地異とか起きちゃうわけ。ああいう大規模過ぎるエネルギーなら、効果をなかったことにしてプラマイゼロにするのが確実なのよ」
「……なる……ほど」
外面上クロードは了得した。実はほとんど理解できていなかったが、未来談で聞いた宇宙破壊を元に戻したようなものなのだろう。
「それより、セシールちゃんって何者?」軽く未来人は核心に触れた。「シスターらしいけど、白魔術ってあんな凶暴なわけ?」
「そこが難問だ」
クロードは、深刻そうに述べた。
「騎士部門の槍も安全性を高めるため穂先を丸めてある。折れやすくもしてあるが、あんな武器でピエールはおれの装備を砕いたんだ。セシールにしても教会の白魔術師見習い、あそこまでの攻撃魔法などできないはず。なによりあのとき確信した、あいつらは妖力を身につけてるってな」
「妖力って、妖精や妖怪の超自然的力よね。てことは……」
未来での疑念がスミエの脳裏で再燃した。――人間の内通者。この時代からいたのかもしれない。
「ハーメルンの教会も、祈りの度に悪妖精避けの〝退魔のベル〟の効果がある鐘を何度も鳴らしていただろうに。どうして……」
「あいつかも」苦悩する男に、女子中学生は閃きを口にする。「ほら、あの山羊人間のバフォメットよ。儀式を司るとかいってたし、修道院の結界もワームに都合がいいように変えてたじゃん」
「ここでも、すでに動きだしてるわけか」
ハーメルンも城郭都市だ。当然街を囲う壁に立体魔法陣の役割も担わせているので、利用できる者がいるならもうされていてもおかしくはなかった。
苛立って、騎士はもたれかかっている柵の手すりを殴る。
「くそっ、騎士団の調査など待たずにどうにかできないものか。アンヌさえいれば!」
「アンヌって誰。元カノ?」
「アホ。たぶん、おまえに言伝を頼んだ女だ。セシールの姉で以前同行していたが、そのときは二人にあんな妖気などなかった。別れてからなにかあったはずだ。おれが離れて以降あいつらが参加した戦場についての瓦版も拝見したが、酷いものだった。そばにいたはずなのに、あの二人には外傷も衣服の損傷すらも見当たらなかったんだ。不自然過ぎる。他の仲間が生きていても不思議はないんだが」
それからクロードは、スミエを見つめた。
「なあ、そのアンヌらしき女は他になにか告げなかったのか? 自分がどこにいるかとかそういう――」
必死に訴えようと彼女の肩をつかもうとして、足が滑った。勢いのまま、未来人の両胸を鷲づかみにしてしまう騎士だった。
「あ、あんたって人はどさくさに紛れて!」
「ま、待った!」
殴りかかろうとするスミエから手を放し、クロードは弁明する。
「こういうことになるのも理由があるんだ! みっともないから隠したかったが、この際どうでもいい。それどころでもないしな。妖精の能力を宿したおれの剣に纏わることだ。殴るかどうかはそれを謹聴してから決めてもおかしくないだろう!」
「……いいわ」
若干不満そうながらも、少女は上げた手を下ろす。
「あんたの剣についてはちょっと興味もあったし、仲間のことでも落ち込んでるみたいだから今回は特別よ」
「す、すまん」
一言謝ってから、騎士は言いにくそうに物語りだした。
「ではまず。メリュジーヌについて学んでおかねばならないな」
――己の家系にとっての、忌まわしいおとぎ話を。