授賞式をかねた晩餐会は、マルクト広場沿いの祝祭式典用館でその夜に催された。
三階の食堂、シャンデリアの下。数個平行して並べられた長テーブルで軽装に着替えた客たちは着席し、それを見渡せる壁際に、着飾った主催者たちのいる長方形の食卓は横向きに配置されている。
前者の席にクロードとスミエ、後者にピエールとセシールが掛ける形になっていた。
「では、少々挨拶を」
食事を始める前に主催者席の老騎士が起立し、杯を掲げてしゃべりだした。
「このたびの試合、まことに見事でした。ピエール殿はドラゴン退治の聖ゲオルギウスのように槍を振るい、セシール殿はシモン・マグスを墜落せしめた聖ペテロのように杖を振るわれた。この偉大な試合に立ち会えたことはまことに誉れ高い。聞けばお二方は遍歴騎士と修練女の身だとか。されど本日の健闘を観覧する限り、前途は一点の曇りもなく晴れ渡り、後にお二方が歴史に刻まれる名誉ある騎士と尼僧になることは疑いの余地もない。老い先短い我が身に機運があるならば、いずれピエール殿と戦場へ出陣し、セシール殿と教会で祈りたいものである。我らが若者であったときには――」
彼は歴戦の勇士と謳われる戦士だったが長話でも有名だった。
回顧物語に突入したこともあり、みんな無視してもう飯を食いだしている。
とはいえ、ピエールとセシールから距離をおいたところに座ったクロードとスミエの食事は進まなかった。
「なんだか、あんまりこういう気分じゃないわね」
「……ああ」
未来人の感想に騎士は頷いたが、両者間にはずれがあった。
「だって」スミエは理由を述べたのだ。「あんな下品な食べ方されたら、食欲がぁ~」
「ああ……、はあ?」
同意しかけたクロードは、違和感から隣人を窺った。
隣の少女の視線は向かいの席を射抜いていた。そこには、トーナメント参加者たる騎士と魔術師の男女がいる。両者ともに太ましい。
彼らの晩餐はスプーンやナイフやフォークを使ったごく普通のものだがひたすら豪快で、野菜や果物や肉料理をものすごい勢いで口内に運んでいる。
「ああっ」スミエが嘆く。「糞尿を外に捨てたりして不潔とかいうことがないみたいだし。未来に伝わる中世ヨーロッパに比べて、魔法で改善されてたんだとばっかり思ってたわたしがバカだったわ」
史実に伝わる中世ヨーロッパの食事はほとんど手掴みだったりと、もっと酷かったことまでは勉強して来なかった彼女であった。
「排泄物は家に住み着く
などと補足しつつも同行者は呆れる。
「しかし未来人はみんな上品だとでも言うのか? おまえを観察する限り到底そうは思えん、飯時に糞尿とか口走るしな」
クロードの反応にスミエがどん引きした。
「はっ? 未来じゃもう海外なんてまず行けないのよ。本場フランス料理のテーブルマナーくらい期待したっていいでしょ!」
「ここはフランス王国ではないし、なにをわけのわからん理屈を――って」
呆れたところで、騎士は彼女のペースにはまりかけていると自覚する。
「それどころじゃなくねッ!?」
ところが今度の少女は、なにが? と言わんばかりにきょとんとする。そこに声を掛けられた。
「よお、クロード。それにスミエ」
二人が振り向くと、背後にはピエールとセシールが何食わぬ顔で立っていた。呼びかけたのは騎士のほうだ。
「お、おう」警戒しつつも、もう一方の騎士は応じる。「ピエールか、……セシールも。トーナメントでは見事だったな。いいのか、祝いの席にいないで?」
「所詮、ぼくらはよそ者だ。主催者連中は来賓の王侯貴族たちのご機嫌とりをしているから、ようやく抜け出せたところだよ」
「わたくしのほうは判定勝ちですし」修練女も口を挟む。「それほど褒められる立場でもありませんしね。あなたのほうがずっと素晴らしかったですよ、スミエさん」
「あはは、そお?」
さっきまでの絶望はどこへやら。スミエはあからさまに朗々として応じた。
「でもごめんね、びっくりさせちゃって。だって健康保つために纏ってるゼノンドライブのシールドが、あなたの魔法を広場が吹っ飛ぶくらいの威力って判断してたから。そっちもそんくらいは覚悟したバリアでも張ってんじゃないかなって判断したわけよ。予想以上に力入っちゃったけど、結果オーライよね!」
すぱーん!
クロードが平手で彼女の頭をはたいた。
「ちょッ!」怒りの形相で、スミエが旅の友を睨む。「なにすんのよ! 女の子に手を挙げるたぁ、騎士の礼儀とやらはどこいっちゃってるわけ!?」
「すまんな!」
その騎士は未来人にではなく、修練女ともう一人の騎士に謝った。
「少し、あの、あれだ。花を、摘みに行ってくる」
断ってスミエの腕をぐいとつかみ、無理やり離席させるクロード。
「はあ?」相方は意味をろくに読み解かず、さらに怒鳴った。「花摘みってあれでしょ、トイレでしょ!? なんであんたと一緒にしなきゃならないのよ、変態。この時代でも男子と女子はさすがに別でしょ!!」
「いいから、昼間のことで相談があるんだ。聞いてくれたら笛吹き探しをもっと手伝ってもいい!」
小声で耳打ちすると、釈然としない様相ながらようやくおとなしくなったスミエと、騎士は無理やりそこを去った。
ピエールとセシールは無表情で、ひたすら彼らの後ろ姿を見送っていた。