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現実と夜明け

「うっさいッ!!」

 夜中。叫んだクロードはスミエに飛ばされ、床を転がって壁に顔面から激突して目覚めた。

 ――月光に照らされる、ハーメルンの宿屋の一室で。

「なんなのよ、大声で喚いたりして!?」

「……ん」さらなるスミエの声に、ようやく上体を起こして悟る。「あ、ああ。また悪い夢か、この痛みは現実みたいだが」


 ベッドは二つあったがせっかくだからくつろぎたいなどとぬかした彼女がくっ付けてダブルベッドなどとほざいて独占し、クロードは半ば強制的に床上で寝かされていたのだ。

 布団の類も取られ貰えたのは枕程度だったので、自身を包む粗末な毛布は持参品である。服装も野宿時とさして変わりない。床も冷たい。たいして広くも綺麗でもない二階の部屋だ。目前では、やたらヒラヒラした自分の小奇麗な寝巻きに着替えたスミエが、仁王立ちで見下ろしている。

 眠る前は不満だらけだったが、さっきの悪夢に比べればこれでも天国みたいなものだ。あのときの屈辱が、今の原動力でもあるのだから。


 そこで、ふと気づく。

「っていうか、おまえ酷くないか?」

「だって」スミエは当然とばかりに吐き捨てる。「寝言がうるさいのよ、あんた」

「そ、そうか。それはすまんが、なにも蹴ることないだろうに」

「違うわよ」

「え?」

「いったん担いでぶん投げたの」


「なお悪いわ!!」

 思わず立ち上がって猛抗議するクロードだった。

 若干怯んだ未来人に、騎士はまずいと感じる。猛烈な反撃がくるのではないかと。

 ところが、少女はくるりと身を反転させて口にした。

「ふん、とにかく静かにしてちょうだい」

 そのままベッドに潜って背中を向ける。それから、訊いてきた。

「……うなされてたみたいだけど?」

 クロードは、肩を落として返答した。

「また昔の嫌な記憶のせいだろう、気にするな」

「そ。あたしもそういうの見るわ、ここに来る直前の未来の夢とか。ね」

 ちょっと思考してから、騎士は問う。

「おまえこそ、平気なのか?」

「だ、大丈夫よ。明日も忙しいんだから、さっさと寝付かないとね。おやすみっ!」

 そう挨拶すると、彼女は顔を隠すように布団を深く被った。


 クロードは軽く相好を崩した。やはりかわいいところもあるんだな、と音声には出さずに感想を抱く。そうして床に寝そべって毛布を被った。

 窓から月が窺えた。寝にくかったが、いつしかまた眠りに落ちていった。今度は、穏やかな夢だった。



 宿屋裏の路地に、大小二つの人影があった。クロードとスミエのいる上階の窓を見上げ、大きめの影が洩らす。

「迂闊には迫れなさそうだな」

「先を越された時点でダメだったみたいね」こちらは小振りな影だ。「大会はどうなの?」

「同じく姿を晒さないほうがいいだろう。広場では隠れにくい。予定の日ではないし、衆人環視の中だ。あちらも大きな行動はしないはず。……ところで、同行者とは親しそうだ。信頼していいかもしれない。明日中に再接触できなければ、直接みなに訴えるしかないか」

「それは避けたいわね」小振りな影は溜め息をついた。「信じてくれないだろうし、下手すれば異常者扱いされかねないわ」

「時間も少なかったが、道中で警鐘を鳴らしても誰も信用してくれなかったからな」

 大きな影は腕を組んだ。


 それからも二人は、ああでもないこうでもないと議論しているようだった。星々はゆっくりと天を巡り、やがて霞んでいった。

 鶏が鳴き、月の代わりに太陽が顔を出したとき。もう、二つの人影はいなくなっていた。

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