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ワームと信念

「どこにも行かせんのはこちらの台詞だ」

 唖然とする間もなく、いつの間にか胴体を接合させたワームが吼える。大口を開け、身体を高くもたげて二人の人間に圧し掛かろうとした。

「いいや、わっしの腹の中には招待してやろ――」

「うっさい! リミッター解除〝茨木童子いばらきどうじ〟!!」

 逃げられた苛立ちを、スミエは鬼の名を唱えた力による掌底の突き上げでぶつける。彼女に、八重歯と小さな角が特徴的なメスガキっぽい美少女半人鬼の姿が重なり、ワームは木っ端微塵になった。

 ところが、降り注いだ肉片はたちまち合体を開始。瞬く間に長大な芋虫のような全貌を取り戻し、嘲笑う。

「無駄。こちらは不死身だ。対して、おまえたちは体力を消耗する。疲れ果てたときが最期よ!」


「厄介だな」

 やむを得ず標的を異形の龍に変えたクロードも、分析する。

「ワームには並外れた再生力を持つ種がいるが、にしても異常な治癒力だ」

 それを耳にして若干怯んだスミエだが、瞬時に次の手立てへ移る。

「じゃ、じゃあこれならどうよ。リミッター解除〝ぬえ〟!」

 薙ぐように手刀を動かすと、猿や狸や虎や蛇の合成獣像がワームに重複する。退治された際に分裂したともされる妖怪のイメージをぶつけたのだ。


 ワームが縦に真っ二つになり、分断された肉体が礼拝堂を挟む両側の窓へとそれぞれ正反対に吹き飛ぶ。両側面の壁を一部崩し、勢いよく外界へ――。


 飛ばなかった。


 敷地の途中で跳ね返って礼拝堂中央に戻り、そのまま再結合する。

「……見えない壁みたいなのがある?」

 呆然とスミエが呟く。

「わははは、滑稽滑稽」ワームはバカにする。「斬った肉体同士を引き離し、付かないようにしたつもりか?」

 図星で無言になった少女へと、魔物は挑発を重ねた。

「無駄無駄。テンプル騎士団が張っていた修道院の魔法円を、儀式を司る大妖精たるバフォメット様が変換し利用したのだ。獲物を逃がさぬものにな!」


「再生力の向上もそのためか」

 さっき山羊の悪魔への攻撃が阻まれたのも同じだろう。驚愕と共に、修道院の崩れた壁から外界を確認するクロード。スミエもそれに習った。

 さらに二人は、自分たちの攻撃が防がれた理由を視覚でも知った。

 いつのまにか、修道院の土地を包囲するように半透明の障壁らしきものが視認できるようになっていたのだ。

「さあ、何度でもやるぞ!」

 勢いをつけ、なおもワームは襲い掛かろうとする。

 さすがに、スミエは狼狽した。クロードも苦悩している様子だ。

 猶予も与えず、ワームの牙が迫ったとき。


「――だったら、これでどうだ!」

 とっさに閃いたクロードが、再度剣を振った。


「〝リュジニャン――ノームGnome〟!」

 ひげもじゃな鉱夫姿の小人が出現、ツルハシを両腕で地に振り下ろして去った。


 ズバアァン!!


「なっ!?」

 驚愕した竜は、頭の僅かな部分だけを切り離された。余った身体の大部分が消滅する。

「……なにを……した」

 礼拝堂に転がったワームの頭部が、不思議そうに問いかける。

「……魔法円なんだろう?」

 それを見下ろして、クロードは冷酷に宣告する。

「つまりは平面に描かれた円の結界だ。通常は術者たちが地に立つ故に上への効果しか認識されないが、円内ならば真下にも効能は継続しているはず」

「まさか」

 悟ったワームへと、クロードは教えてやった。

「ああ。空間を斬り、分割したおまえの肉体のほとんどを遥か地中に埋めた」


 彼が口ずさんだのは、土の精霊の名だ。

 ここでは魔法円が修道院を囲い内と外との通行を阻んでいる。ただし円内の移動が自由ならば、上下にも適用されていたわけだ。


「よくわかんないけど、もう元には戻れないってことね」

 あまり賢くないスミエが簡単に解釈して、しゃがんで怖い笑顔を浮かべ、ワームの頭部を覗く。

「さぁて、あんたバフォメットの部下みたいなもんなんでしょ。なら教えて欲しいわね、人間の協力者がいるのか、いたらそいつは何者なのか。どこまで内情を教えられてるのか」

「……言うものか」

 口しかない顔ながら、ワームは歪な笑顔を浮かべたようだった。

「ここで朽ちた同胞のためにも、秘密を守るのが最期の務め。こちらの勝利をあの世で見学させてもらう。再生力は任意だ、戻る意志をなくせばすぐに朽ちる……」


 意外そうな二人の前で、まもなく怪蛇は動かなくなった。

 そしてゆっくりと、陽光を浴びた影のように空間へ溶けて消滅していった。


「……死んだの?」

 静かにクロードへと近寄り、スミエは尋ねる。

「キモかったけど、こうなっちゃうと侮辱もしたくなくなるわね」

「半分自刃といったところか」

 クロードはそう答え、剣を鞘に収めた。

「そこまで仲間を信頼しきれるとは。奴なりの信念はあったようだな、記憶には留めておこう」

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