トイトブルクの森前にある廃墟の修道院内。
その聖堂のクレーターが刻まれた真ん中辺りで、三人の妖精が以前の会話をしていた。ラッテンフェンガーとアイアンメイデン、バフォメットである。
バフォメットがもたらした、ハーメルンに接近する謎の魔力の持ち主とクロードの情報に対し、吟遊詩人のような装いの少年ラッテンと鋼鉄のような少女アイアンが一度顔を見合わせて、やがて少年がこう開口したところだった。
「もっと舞台を整えたかったが、いいだろう」
そこでふと、バフォメットは何かを感じて警告したのである。
「――招かれざる客だ、おまえたちは先に行け」
「え、それはどういう……」
メイデンが疑問を呈しかけた直後。
両開きの扉が、外から内へとぶち破られた。
ひと足先に外界から吹っ飛ばされてきた大蛇が、天井のシャンデリアを破壊。照明の残骸ごと、両開きの扉から信徒席に挟まれた祭壇までの道に真っ直ぐに倒れる。
しかし巨体は真中で横に分断され、バフォメットは元いた位置である二つに分かれたワームの身体の隙間に平然と立っていた。
爪によって、降ってきた同胞を半分に斬ったのだ。
「睨んだ通り」続いて入り口に踏み入る二人の人間のうち、クロードが言う。「妖精の住処になっていたか」
「何のことだか」
牝山羊と人間を合成したような出で立ちのバフォメットは、堂々としらばくれる。
「そんな容貌じゃとぼけられんだろう、あとはいないのか」
すでに、ラッテンとメイデンは見当たらなかった。扉が壊れた時点で素早く事態を気取り、目にも留まらぬ速度で割れたステンドグラスから退散していたのだ。
もはや、侵入者たちの視界に入るのは半人半獣の魔物と千切れた蛇竜だけである。
「あ、あんたはバフォメット!」
遍歴騎士の横で、遅れて入室したスミエが悪魔の姿に驚愕する。
「生きてたの!? 無限のエネルギーで殴ったのに! だいたいなんでここにいんのよ!!」
「やはり、謎の魔力の主はスミエか」
バフォメットはせせら笑う。
「なぜとは愚問だな、我を倒したあと世界を滅ぼし全てを再生させたのは貴様だろう。お蔭で蘇生した。ゼノンドライブは戻らなかったが、貴様らの裏切り者による別の通路で追跡させてもらったまでよ。失態によって配置替えされ、始末を命じられはしたがな」
「くっ!」
スミエは悔しがったが、追求するのもやめてはいなかった。
「あんたはゼノンドライブに詳しかったし、妖精はワームホールも知らないって聞いたのに。パパの疑い通り、人間の協力者がいたってこと?」
「さて、どうだかな」
相変らずバフォメットははぐらかす。
「よくわからんが」置いてけぼりをくらった気分で、クロードは一人と一体に訊く。「親しいのか?」
「「んなわけあるか!」」
両者が同時に返した。
「未来で戦ったって言ったでしょ」
「あのときは世話になった」
と、さらに一人と一体は交互に説明する。
「……どういう縁かは不明だが」
感想を口にしつつも、とりあえずクロードは両方の言い分を信じることにする。さらに気持ちを切り替えて、別の感想を発した。
「ともかく、妖精の証言まで認めると未来の話も信憑性は増すか」
「あんた、まだ疑ってたのね」
冷たくツッコむスミエ。
「う。バ、バフォメット様……」
そこで、二等分されたワームの身体の頭がついてる方が呻いた。
「見張りの役割を果たせず、申し訳ありません。すぐに傷を癒し、こやつらを黙らせます」
「おまえを半分にしたのそいつだが」
クロードがツッコんだが、魔物たちは無視。
羊に似た側の悪魔は割れたステンドグラスの窓枠に跳び乗る。そして背中から蝙蝠染みた両翼を展開させると、外界へ飛び立つ挙動で述べた。
「では任せるとしよう、同胞よ」
「待て!」すかさずクロードが剣を向ける。「貴様にも訊きたいことがある!!」
女子中学生も手のひらを向けて続く。
「あたしもよ!」
悪魔は構わなかった。
口元に見下すような微笑を浮かべると、そのまま外部へと飛翔する。
「立て続けに使わせるなよ。〝リュジニャン――
風を司る精の名称で、刀剣を振るうクロード。そこから放たれた、半身が竜巻でできた半裸の美少女は真空の刃となり、
聖堂の窓のすぐ外側、バフォメットの目近でなぜか掻き消えた。
不発の斬撃を背に悠々と怪物は羽ばたき、空へと去ってゆく。