クロードにとっての数年前。城壁内にある、土壌の広場でのことだった。
そこを囲むように、魔女見習いの少女たちが黄色い声援を上げていた。近くには、おもしろくなさそうな顔をした年長の騎士候補たちもいる。
少女たちが注視する広場中央には、まだ十歳ちょっとのピエールが武装して馬に跨がっていたのだ。彼は武術の実力も高くハンサムで、優しい性格もあって人気者だった。
目標は数十ヤード先にある
盾は比較的大きいし、ピエールは腕利き。外すはずもなかった。
が。穂先がそれを突いたとき、異変が起きた。
案山子の上体は、貫かれた勢いのまま後ろに回転する構造になっていた。盾が横棒の片側に寄っているからである。
もう一方が重たい音を発し、付近で土煙が舞う。
――虚空に鉄球が現れた。
鎖で、盾とは反対側の横棒先端に繋がれていたのだ。
たちまち魔女少女たちが青ざめた。逆に年長の騎士候補たちは、意地悪そうな笑みを浮かべた。
人気の若造へと仕掛けた先輩たちからの洗礼だった。この装置は、彼らが善人面をして用意してやったものだ。鉄球は、簡単な魔法で不可視化されていた。
それが片側を突かれた反動で回転し、横棒の反対側から後頭部を襲うのだ。
事前に承諾していれば敵の反撃を想定した訓練にもなるが、これは予定されていなかったものだ。ピエールは兜もつけているが、ただでさえかなりの威力があるものを不意打ちでくらうはめになる。
彼は焦燥と共に、凶器を視界端に捉えるのがやっとだった。
影が横切った。
「〝リュジニャン〟」
ピエールは、そんな声を耳にした気がした。
彼は無事、予定の進路を駆け抜けたのだった。背後から、なにかが襲うこともなく。
一瞬の沈黙。黄色い声援の復活。呆然とする先輩騎士候補たち。
なにが起きたのか、ピエールは振り返って確かめた。
案山子の片腕が両断されていた。
そこにつけられた鉄球は回転しきる前に放り投げられる形になり、先輩騎士候補たちの面前に落ちていた。うち一番近くにいる者など腰を抜かし、ちびっている。
そして少女たちの新しい歓声は、どうやらピエールにではなく、彼を救ったもう一人の若手騎士候補に浴びせられているようだった。
それは案山子のそばに立つ、彼と同い年くらいの少年である。
こちらもそこそこの美少年で靴には銀拍車。装飾の施された抜き身の剣を、鞘に収めたところだった。
「怪我はなかったか、あんた?」
恩人が、声を掛けてくる。
「あ、ああ」返事をしたピエールは、彼の元へと馬を歩かせた。「すまないな、助かったよ」
「いいさ、遠くから見物していたら――いや。そばを通り掛かったら、先輩たちの悪巧みが聞こえたもんでね」
救い主は拳から親指を突き出し、後方の年長騎士候補たちを指す。……それにしては助けに来るのが早すぎた感じもしたピエールだが、とりあえず応答した。
「そうか、ありがとう。君は強そうだな、接近さえ気取れなかった。ぼくはピエール=バンジャマンだ。互いに腕を磨けたらいいな」
馬を降り、尊敬の念で手を差し伸べると、相手も腕を伸ばしてがっちりと握手をしながら名乗った。
「負けるつもりはないがな。おれはクロード、クロード・オリヴィエだ」
それが、ベンジーとの出会いだった。