「おれは反対だ」
数日前の昼頃、クロードは異を唱えた。
とある子爵居城の城壁内にたむろする百人近くの騎士や魔女や従者たちからやや離れた位置で、共に来た仲間たちに放った言葉だった。
「男爵のほうが正しいのに、その上で無関係な
目前には、同じ遍歴騎士にしてクロードに似た鎧でやはり靴には同様の立場も示す金拍車を装備する男二人。と、カソックとヴェールを身につけた白魔術師候補――ボワヴァン姉妹がいた。
幼いほうの修練女だけが十歳ちょっとで、クロード含めあとはみな十代半ば。いずれも、将来を期待される屈指の実力者として評判だった。
「仕方ないだろう、子爵の方が金払いがいいんだ」
最年長者たる騎士ロドルフが腰に手を当てて反論した。
彼が勝手にエリートグループと誇るこの五人の中でも実力は最も低いが、〝強面のロドルフ〟と恐れられるがたいはよく、ひげをほとんど剃らない顔貌は歳を数年足したようなすごみがあった。
このとき、クロードたちの雇い主だった子爵はさる男爵にフェーデを仕掛けていた。封主であるシャンパーニュ伯爵の召集に僅かな兵しか派遣しなかったことを、「他の騎士たちへの略奪に現を抜かしていたため」だと訴えられ、名誉毀損としたのだ。
しかし、男爵の主張は真実だった。
表向き、子爵がシャンパーニュ伯の要請に応えられなかったのは、不意に攻めてきた不良妖精――〝
結果、荒らされたとされる場所にそんな形跡などなかった。どころか、領民たちからは領主がフェーデと称して方々に略奪を行っていることへの不満が聞こえたほどだった。
このことは、ロドルフを含む友人たちも承知だ。
現場は申し訳程度に見張りなどで隠されてはいたが、探ろうとすればできる程度で、よその騎士たちにも子爵の嘘を見抜いた者はいた。けれども、彼らも真実より金を選んだのだった。
「騎士は傭兵じゃないんだぞ!」クロードは怒鳴った。「子爵には正当性までないんだ、騎士道はどうした!?」
「固いやつだな、フェーデ自体がもはや騎士道の体裁を失ってるだろう。おまえは父親に似ず、昔は調子に乗ってたというから期待したんだがな」
ロドルフは意に介さなかった。仲間の三人も、面を伏せて黙っているだけだ。
確かに騎士道は理想で、まともな実践者などまずいない。イスラム教徒らに対する十字軍の蛮行など酷いものだった。
けれどもクロードは納得するわけにいかなかった。初めて人を殺したとき、改めて父のように立派な騎士になると誓ったのだから。
「あえて道を曲げずとも、仕送りや
「……ちょうどいい機会だ、言わせてもらおう」
猪首を傾げたロドルフは、忌々しげに皮肉る。
「父親の七光りで家系に伝わる剣の携帯を許されたり、戦場で手柄を立てたからとフィリップ三世に可愛がられているようだが、優等生ぶるのはやめてもらおうか」
「なんだと!」
かっとして殴りかかりそうになり、クロードは一歩詰め寄った。そんな彼から目線を逸らし、ロドルフは仲間たちに呼びかける。
「みなどうする? オレ様と共に参戦して報酬を得るか、放棄してなにも得ないか」
「あたくしは、あなたに付いていくわ。クロードには悪いけど」
真っ先にそう述べてロドルフに寄り添ったのは、姉の方の白魔術師見習い。アンヌ・ボワヴァンだった。
これは予想していた。
彼女は聖女に肖った名が泣くほどの破戒尼僧だ。ロドルフとできており、やることもヤっている。素業の悪さから、半ば修道院を追放される形で旅に同行してきた。
豊満な姿態を包む服装も宝石で飾り、釣り目がちで全体的な印象も狐のような、赤い長髪の美女だ。粗暴なロドルフとはお似合いだった。
「……わたくしも、姉さまと離れたくはありません。ごめんなさい」
次いでか細い声を発し、ロドルフの側に行ったのは妹のセシール・ボワヴァンだ。
姉と似ず、おとなしめな少女である。容姿は似通っているが年齢相応の未成熟さで、狐というより猫っぽく目尻が垂れている。
なのに、まだ若いからか姉を慕っていた。付いてきたのもそのためだろう。実際、アンヌもセシールにはよき姉妹のように接してはいた。
なのでこれも、想定の範囲内ではあった。
「ぼくは――」
このあとが意外だった。残念そうに口にしだしたのは、もう一人の騎士ピエールだったからだ。
「――黙っていてすまなかったが、実はここの子爵には家族が世話になったんだ。セシールとも交際していた。……ロドルフに賛同するしかない。故郷か次の目的地で再会できるといいな」
初耳なことばかりだった。
子爵との関係についてはみなも無知のようだったが、恋仲にはボワヴァンの姉だけがいくらか存じていたかのような反応を示した。
ピエールとセシールは仲良さげではあったが、兄妹みたいな間柄だと残る男どもは認識していたのだ。こっそり恋愛を進展させていたことになるが、事情などもうクロードにはどうでもよかった。
最後の仲間たる同い年の少年ピエール=バンジャマンが、静かにロドルフの方へと移動したのである。
明るい雰囲気の彼は暗く沈んで、瞳にクロードを映そうともしなかった。バンジャマン……ベンジーは、パリの宮廷で知り合った最も親しい友人だった。
「……そうか。是非もないな、幸運を祈る」
クロードはどうにか落胆を抑え、やっと一言だけ発した。いろいろな気持ちが一挙に冷めたのだ。
共に旅した親友でもこんなにすれ違うのだから、この状況も必然だったのかもしれないと。それを修復するのを諦めて、背を向けてしまったのだった。
自分の馬――ペダソスに跨ると、一人城門から出立したのである。