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遍歴騎士と未来人
遍歴騎士と未来人
碧美安紗奈
歴史・時代外国歴史
2024年12月31日
公開日
8.2万字
連載中
妖精と魔法が存在した時代、十三世紀。

先祖の覗きに由来する罪で、十代半ばで妖精メリュジーヌの呪いを受け、およそなんでも斬れる〝ジョフロアの大牙〟の能力を得た遍歴騎士の少年クロード・オリヴィエは、一人ヨーロッパをさまよっていた。シャンパーニュ伯領の子爵に関するいざこざで、仲間であったピエールという少年騎士やセシールという修練少女らと喧嘩別れしていたのだ。

そんな中。彼は、自称「二二世紀の未来人」で同年代くらいの変な日本人美少女スミエ・キサトに遭遇し、彼女を悪魔オーガの襲撃から救う。そして乱暴なスミエに振り回されながらも、驚くべきことを告げられる。

なんと未来では魔法が失われその実在も歴史の捏造で忘れられており、このため突如人間界を襲撃した妖精たちに対処することができず、人類が絶滅の危機にある。というのだ。

スミエは、そんな未来で唯一発明に成功した魔法と科学の融合の産物で無限のエネルギーを生む〝ゼノンドライブ〟を託され、人類を救うべく過去を訪れたという。

鍵となるのは、〝ハーメルンの笛吹き男事件〟と呼称されるものだった。

覗きと痴話喧嘩

 布で拭っても、赤黒い大鬼オーガの血はなかなか落ちなかった。

 こんな妖精の血液ちょっとでだめになったりはしないが、この得物は綺麗にしておきたい。一見どこにでもある長剣ロングソードだが、意匠は特別だ。

 女神の上半身を模った柄で、蛇を模した下半身が途中から刀身になっている。なにより、外見でなく中身が特殊なのだ。


 水で洗えばいいが、皮袋の水筒にはさっき汲んだばかりでもったいない。やっぱり直接洗浄するのが合理的だ。

 決めて、細身の身体に薄手の布衣服を纏った十五歳の少年クロードは、草地に下ろしていた腰を上げた。

 近くに泉があるのだ、利用しない手はない。と、歩きだしたところで革靴の爪先になにかが触れた。


「おっと。あのうるさいやつがいるんだったな」


 一人呟き、若干うんざりしながらもそのリュックとかいう見慣れない荷物袋を跨ぐ。同行者の東洋少女が置いたものだ。

 真っ直ぐ進んだ先にある岩陰からは、そいつが脱ぎ散らかした〝学校の制服〟とかいう道化染みた衣装が窺える。あの向こうに泉水があるわけだが、迂回してそこに合流する川を目指すのが賢明だ。


 かくして、目的地に通じる茂みに至ると水音がした。どうせ魚でも跳ねたのだろうと、かまわず藪を掻き分ける。

「きゃっ……!」


 はて。

 黄色い悲鳴と共に、目前におかしな物体が現れた。

 それはびくりと動き、素肌に纏わりつく水滴をいくつか飛ばし、水面に束の間の雨を降らせた。


 ――これはなんだろう。


 クロードは対面した格好でしばし固まり、考える。

 自分の白い肌とは違い、目前のはやや黄色がかった柔肌だ。そして彼とは違い、やや幼げな女だ。なにせ、胸は膨らみだしているし股の間には――。

 ばっ、とそいつの両手がそのそれぞれを隠した。


「すまん」


 相手の天使像にも似た愛らしい顔形が紅潮しだしたので、さっさと謝って退散することにする。

 エーゲ海を漂っていた少女時代の愛と美の女神ヴィーナスのような肢体。彼女の肩下辺りまで伸びた栗毛が、視界の端で激しく動いた。


 ――死んだな。


 背を向けて走りだそうとしたクロードの後頭部を、さっそく小石が襲う。

 やばい、甲冑なしでこの猛攻は防げん。いちおう善良な少女だ、騎士道を裏切って応戦するわけにもいかん。――敵うかも怪しいが。

 茶色の短髪を手で庇いつつ、身を守るため最初いた場所にある小盾と部分鎧を目指す。


「クロード! こぉんの覗き魔ぁあーーーーーーッ!!」

 後ろから絶叫し、凶暴な少女はさまざまなものを飛ばしてくる。

 木の枝、魚、岩、小人タイプの妖精……。


 妖精!?


「――スミエおまえっ、妖精を知りもしなかったんじゃなかったか!」

 顔だけ振り返りつつ指摘すると、なんとあいつ――スミエ・キサトは全裸で追ってくる。

 新たに投げてきた小動物が顔面にぶち当たった。

「また見たわねクロード! この暗黒騎士、堕ちた十字軍!!」

 いろいろ投げつけつつ、的の名前と事実無根の汚名を放つ。

「じゃあ服を着ろッ!! だいたいなんでここにいる、おまえが水浴びしてたのは泉の反対側だったろ!?」

「泳いで渡りたくなったのよ! こんな綺麗な泉水で水泳なんて、未来の日本じゃもうめったできないからね!!」

「この神聖ローマ帝国領ではどこでもできるわ!」


 がつん!


 途端、腰の辺りになにかが直撃する。

「――いたっ!」

 長方形の小さな物体だった。ぶつかって石の上に落ちた衝撃で、ガラスのような部分にひびが入っている。

「それ、スマホとかいうたいそうなものじゃなかったのか?」

「ネットも通話もできないんじゃほぼゴミよ、ゼノンドライブで修理できるし!」

「だからなんだそいつは!」

「ゼノンのパラドックスに代表される、人の無限の思考力をエネルギーに変換できる半永久機関ですぅ。――って話そらすんじゃないわよ!」

 怒声と比例して、足音が近くなる。

「なんでも悪しざまに解釈すんな!」

 顧みなくても、悪魔のような形相で追跡してくるスミエが脳内に浮かんでいた。


 クロードは迫る死期に、回想することしかできなかった。どうしてこんなことになったのかを――。

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