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第28話『新たな勇者候補』


「まったくもう……どうして聖女降臨式の直後に……」


 不満そうな声を漏らすカナンさんに先導され、俺たちは謁見の間へとたどり着く。


 そこには式典時の賑やかさはなく、玉座に座って困惑顔の国王陛下と、彼と対峙するようにひざまずく男女の集団があった。


「……お父様、聖女様と、勇者候補様たちをお連れしましたわ」


 カナンさんがよく通る声で言うと、ひざまずいていた彼らが一斉に顔を上げた。


 ……その顔は全員、俺の知った顔だった。


「……高木たかぎぃ?」


 そしてリーダーらしき彼も俺の存在に気がついたらしく、小馬鹿にしたような声を上げた。


 いかにも勇者らしき赤い鎧を身にまとっていたものの、その性格は全く変わっていないようだった。


 ……彼は神宮寺 天ジングウジ テン。俺やたちばなさんのクラスの委員長で、この世界に来た直後、俺たちを追放するように仕向けた張本人だった。


「え? あの、お知り合いですか……?」


 そのやり取りを不思議に思ったのか、カナンさんが俺と天を交互に見る。


「ええ、彼らは我々と同郷です。オルティス帝国から追放されたはずですが、心優しき国王陛下に拾われたようだ」


 再び平伏しながら言うも、天は含み笑いを浮かべながら俺たちを盗み見ていた。


「あなたたち、追放されたくせに、勝手に勇者候補を名乗ってたの? お願いだから、天の邪魔だけはやめてよね」


 その時、新田にったさんがため息まじりに言い、佐々木ささきさんや井上いのうえさんがそれに続く。


「……別に、そんなつもりはないけどさ」


 唐突に向けられた侮蔑ぶべつの視線に耐えながら、俺は言葉を紡ぐ。


「俺たちだって、いつの間にか勇者候補と呼ばれるようになったんだ。自分から吹聴しちゃいないよ」


「ふん。陰キャのくせに口答えするのか」


 俺のセリフが気に食わなかったのか、天が立ち上がりながらそう口にする。


「陰キャとか、関係ないと思うけど」


 対する俺も、不思議と強気な言葉が出てきた。これまでの旅が自信をつけさせてくれたのだろう。


「はっ、言うようになったな。それで、橘さんとは合体したのか?」


 続けてそう言って、いやらしい目で橘さんを見る。そんな視線から守るように、俺は彼女の前に出る。


「陰キャ同士、それなりに仲良くなったってか? ま、お前らのことはどうでもいい。俺たちの目的は聖女様だ」


 失笑しながら天は言い、ゆっくりと希空のあもとへと歩いてくる。


 そしてその場に膝をつきながら右手を差し出す。


「聖女様、お迎えにあがりました。ぜひとも我らとともに、魔王封印の旅へ参りましょう」


「うっせー、ばーか」


「……は?」


 うやうやしい態度の天に対し、希空は明らかに怒りを露わにしていた。


「こ、これは手厳しい。勇者と聖女は惹かれ合う運命にあるのです。そう仰らずに」


「ぜんっぜん惹かれないけど? あんた、真の勇者じゃないんじゃない?」


「なっ……!」


 希空の言葉の刃が、ザクザクと天の心を削っていた。


 そんな彼の背後では、新田さんたちが唖然とした表情をしている。


「ちょ、ちょっと! いくら聖女だからって、言って良いことと悪いことがあるわよ!」


「幼馴染のとーやを散々けなしておいて、なーにが一緒に行きましょう……よ。絶対にイヤ」


 先程の天の動きを大げさに真似したあと、希空は腰に手を当て、ウインクでもしそうな勢いで言い放った。


 それによって天は呆け、その仲間たちはざわついていた。


「は、はは。まさか、高木と聖女様が知り合いだったとは。これはとんだ失礼を」


 天は姿勢を正しながら取り繕うも、見てわかるほどに動揺していた。


 先程俺をこけおどしたツケが、こんなところで回ってくるとは思いもしなかったのだろう。


「彼女の言う通り、聖女とともに魔王封印の旅をするのは真の勇者のみ。所詮、我らは勇者候補だ」


 一度かぶりを振ったあと、天は続ける。


「そこで、この場で真の勇者を決めようと思うのですが、いかがでしょうか」


 その言葉は俺たちではなく、国王陛下に向けられたものだった。


「オルティス帝国の勇者召喚の儀式で呼び出されたのは、この六名で全員です。そしてこの場には聖女様に加え、プレンティス国王陛下がいらっしゃる。是非とも、真の勇者決定の瞬間に立ち会っていただきたいのです」


 天はさも当然のようにそう言い放つ。


「ううむ……確かに、伝承にも勇者は一人とあるな。そうだろう、姫よ」


「そ、そうですわね。聖女と勇者は二人で魔王封印に向かう……それがこれまでの歴史ですわ」


 なんとも言いにくそうに、カナンさんが続ける。勇者オタクの彼女のことだし、その情報は間違ってはいないだろう。


「だが、どうやって真の勇者を決めようというのだ?」


「簡単なことです。候補者同士で戦い、最後まで生き残った者を真の勇者とすればいい」


「なるほど。そうなると、今この場でというのはさすがに無理があるな。明朝、城の中庭にて執り行うことにしよう」


「承知いたしました。……高木、逃げるなよ」


 天はうやうやしく頭を下げたあと、俺を睨みつけながらそう言った。


 それから仲間たちを連れて満足顔でその場から去っていく。


 そんな彼らの背を見送ったあと、その場は解散となった。


 ……その後、俺たちはなんとも言えない緊張感のまま、客室へと戻ってきた。


「はぁ……まさか、ここにきて天たちが出てくるなんて。せっかく存在を忘れかけていたのに」


 俺はソファに腰を下ろし、頭を抱えながらそうぼやく。


 そんな俺に続くように、橘さんと希空もソファに座ってきた。


「あの自称勇者候補、とーやたちの知り合いなの?」


「ああ、うちのクラス委員長だよ。その後ろにいた女子たちも全員クラス役員で、俺や橘さんと一緒にこの世界に飛ばされてきたんだ」


「そーなんだぁ……あたし、クラス違うからよくわかんないけど、性格悪そうだったね」


「否定はしないよ」


 希空の歯に衣着せぬ物言いに呆れていると、表情を曇らせる橘さんが目に入った。


「……明日、本当に神宮寺くんと戦うの?」


「国王陛下が認めちゃったからね。さすがに避けられないと思う」


「あたし、とーやがどんなふうに戦うのか知らないんだけど。なんかスキル持ってるの?」


「あるにはあるんだけど……俺と橘さんは二人で一人なんだ」


「どーいうこと?」


「説明するより、見せたほうが早いかな……橘さん、いい?」


「うん」


 俺はおもむろに立ち上がると、橘さんに声をかける。彼女もわかっているのか、すぐに手を差し出してくれた。


 次の瞬間、俺たちは合体する。


 閃光のあとに現れた俺たちの姿を見て、希空は目を丸くしていた。


「すごい……とーやがあたし以外の女の子と手を繋いだ」


「いや、そこ?」


『あ、あれは違うし! 合体するための手段で、不可抗力なの!』


 その反応を見て、橘さんが俺の中で叫ぶ。いくら大きな声を出したところで希空には聞こえないし、頭が痛くなるからやめてほしいんだけど。


「不可抗力とか言っちゃってー。朱音ちゃんもまんざらでもないんじゃない?」


『……あれ? ひいらぎさん、わたしの声、聞こえるの?』


「へっ? 聞こえてるけど……?」


 周囲を見渡しながら、希空は橘さんの言葉に反応する。本当に聞こえているようだ。


「朱音ちゃん、どこにいるの?」


『えっと、高木くんの中というか、なんというか。攻略本担当です』


「攻略本? とーや、あんた朱音ちゃんに妙なこと教えたんじゃ」


「何も教えてないから!」


 ジト目で見てくる希空に、叫ぶように言葉を返す。


 どうして彼女に橘さんの声が聞こえるのだろう。これも聖女の力なのかな。


「それにしても、二人で一人……って、そういう意味だったんだねー。なんか見た目もカッコいいし、多分勝てるって」


 そんな俺たちを見ながら、希空はサムズアップしてみせる。


「戦うの、俺たちなんだけど。その自信はどこから出てくるのさ」


「だって勝ってくれなきゃ、希空さんはあの連中と一緒に行くことになるんだよ? どーせ異世界を旅するなら、とーやとがいいよ」


 そう言った希空は、ほんの一瞬だけ、物悲しい表情を見せたのだった。


 ……あんな顔されたら、負けられないよな。



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