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第26話『呼び出された少女』


 俺たちの目の前の魔法陣が放つ光はますます大きくなり、ついには巨大な光の柱となって弾けた。


 ……しかし、何も起こらない。


「……あら? あらら?」


 やがて光を失った魔法陣を前に、カナンさんは困惑した様子で立ち上がり、キョロキョロと周囲を見渡す。


 聖女召喚、もしかして失敗したのかな……そう考えた矢先。


「おわぁーっ!?」


 ……頭上から聞き覚えのある声がした。


 直後に強い衝撃がして、俺は落ちてきた何かの下敷きになった。


「あいったたたぁ……あれ? ここどこ?」


「おお……その見慣れぬ衣服。聖女召喚は成功したのか!」


 その時、国王陛下の声が聞こえた。どうやら彼も儀式を見守っていたらしい。


「聖女様、我がプレンティス王国へ、ようこそいらっしゃいました」


「へっ? せーじょ?」


 高揚感を隠せていない国王陛下に続き、動揺しまくりの声が俺の上から聞こえる。


 ……というか、なんで俺の上でやり取りするんだろう。早くどいてほしいんだけど。


 俺は息苦しさに耐えながら身をよじり、上に乗っかった人物の顔を見る。そして固まった。


「……希空のあ?」


「え、まさか、とーや?」


 俺の上にいたのは、紛れもない幼馴染の少女だった。


 な、なんでこいつが異世界にやってきてるんだ……!?


「まったく、ばかとーや、今までどこ行ってたのよ!」


「いや、行ってたと言うか、今もいると言うか……」


「えっと……聖女様は、トウヤ様のお知り合いになるのですか……?」


 俺たちのやり取りを見ていたカナンさんが、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。


「知り合いっていうか、腐れ縁? 主従関係?」


「希空、ちょっと黙ってて。ちゃんと皆に説明するから、早くどいて」


「ほーい」


 異世界に来たってのに、なんでこいつは物怖じしないんだろう……なんて考えつつ、俺はその身を起こす。


 その時、たちばなさんの姿が見えたけど、彼女は少し離れたところで不安げな表情を見せるだけだった。


 ◇


 その後、俺たちは謁見の間へと移動し、希空は国王陛下から説明を受ける。


「つまり、とーやたちが合体して勇者になって魔王を倒すから、聖女のあたしにその手伝いをしろと」


「その通りだ。話が早くて助かる」


「なんかそんな話、ラノベで読んだことあるしねー。お約束ってやつ?」


 希空はからからと笑う。こいつに緊張や不安といった感情はないのかな。


「まぁ、俺たちはあくまで勇者候補なんだけどね」


「それってもう勇者みたいなもんじゃん。それで、聖女のあたしにも特別なスキルがあるの?」


 俺の言葉を軽く流して、希空は続ける。


「うむ。その点に関しては、娘のカナンから話してもらおう」


 国王陛下は言って、カナンさんに視線を向ける。


 彼女は一歩前に踏み出すと一礼し、説明を始めた。


「……聖女様は民を救うため、癒やしや解呪の秘術が使えます。また、勇者様を補助するため、防御や身体能力強化の術に長けると言われています」


「ふむふむ。身体能力強化……ふん!」


 そう口にした直後、虹色のオーラが希空の体を包み込む。


「……ていやっ!」


 続いてそう叫ぶと、床を一蹴り。一瞬で天井に張り付いていた。


「おおお、これすごい」


 言いながら、希空は天井を蹴る。今度は壁のステンドグラスに張り付いたかと思うと、次の瞬間には反対側の壁に移動していた。


「うっはー、これ、楽しいー!」


 その後も何度か壁や天井を往復したあと、ご満悦な様子で俺たちの前に戻ってきた。


 希空は元々運動神経がいいほうだから、楽しくて仕方ないのだろう。


 ……ちなみに、一連の動きをすべて制服姿でやっているものだから、その……スカートが乱れまくっていた。


「どうしたのかね、とーや君。スパッツ履いてるから見える心配はないよ?」


 俺の視線に気づいたのか、希空が制服のスカートをわざとらしくひらつかせる。


「そ、そんなはしたない……聖女様はもっとこう、清楚で、お淑やかで……」


 その様子を見て、カナンさんは明らかな不満顔をしていた。勇者オタクの彼女にも、理想の聖女像のようなものがあるのだろう。


「そー言われても……これがあたしの性格だしさ。すぐに変えるなんて無理だよ。カナンっち」


「カ、カナンっち!?」


 唐突に愛称で呼ばれ、カナンさんは目を白黒させていた。


 ……相変わらず、人との距離詰めるの早いなぁ。


「えーっと、あとは回復魔法と防御魔法と……」


 思わず呆れる俺たちなどお構いなしに、希空は聖女の力を試していく。


「あ、この身体能力強化魔法、人に分け与えることもできるんだ。というわけでお二人さん、お手を拝借」


 続けてそう言い、俺と橘さんの手を掴む。虹色のオーラとともに、なにか温かいものが流れ込んできた気がした。


「……おお?」


 やがて、体が一気に軽くなった。その感覚は、合体スキル発動時のそれに近い。


 その場で飛び跳ねてみると、希空ほどまではいかなくとも、普段の何倍もの高さまで跳ぶことができた。まるで、床にトランポリンでも仕込んであるみたいだ。


「あ、あわわ」


 一方の橘さんは、普段合体スキル下で体を動かさないせいか、身体能力の変化に戸惑っていた。


 でも、生身の状態でこの身体能力を得られるのなら、訓練すれば色々な戦い方に応用できる気がした。


「……さすが聖女様。順応が早いですな。明日、聖女降臨の式典を行いますので、今日のところは部屋でお休みください」


 そこにきて、国王陛下が鶴の一声を発する。


 それによってこの場は解散となり、俺たちはあてがわれた客室で休むことになった。


 ◇


 想像を絶する豪華な夕食のあと、俺たちは部屋に戻ってくる。


 ……なぜか、三人一緒の部屋だった。


 せめて男女で分けてほしかった……と思う一方で、陰キャの橘さんと陽キャの希空を二人っきりにした場合、橘さんのメンタルが無事じゃ済まない気もする。


「いやー、豪華な夕飯だったねぇ。ナイフとフォーク、久しぶりに使ったよ」


 橘さんと並んでソファに座っていると、寝間着に着替えた希空がやってくる。


「ところでさー、なんだかんだで、きちんと自己紹介できてなかったよね」


「え」


 そう言う希空は、その新緑のような色の瞳でまっすぐに橘さんを見つめていた。


「改めまして、あたし、柊 希空ひいらぎ のあ。よろしくね!」


「あっ、はい……橘 朱音たちばな あかねです。その、よろしくお願いします……」


 希空の圧倒的な陽キャオーラに当てられたのか、橘さんは陰キャ全開。目を泳がせながら自己紹介をする。


 まるで、出会ったばかりの頃に戻ってしまった気さえした。


「朱音ちゃんかぁー、いい名前だよね!」


「い、いきなり名前呼び……!?」


「あれ、もしかして愛称がよかった? そーだなぁ……あかねっち、あかちゃん、あかねん、かねちー、かねすけ、かねぞー……今浮かぶのはこれくらい?」


「あの、ふ、普通でいいです……」


「りょーかい。それじゃ、普通に朱音ちゃんで」


 軽快に笑いながら、希空はぐいぐい距離を詰めていく。一方的にだけど。


「それで朱音ちゃん、こいつと一緒にいて、何もされなかった?」


「ふえ!?」


 同じソファに腰を落ち着けながら、希空は悪戯っぽく訊いてくる。橘さんにとって予想外の質問だったのか、耳まで赤くしていた。


 ……というか希空、人を指差しちゃいけません。


「な、何もされてないと思……あ」


 ……今、橘さん、『あ』って言った。『あ』って。


「ほう。その顔は……何かあったね。この希空さんに話してみなさい」


「な、何もないし」


「あたしよりいいカラダしてるんだから、とーやが何もしないはずがない!」


「ひ、人を好色の権化みたいに言うなっ!」


「いーから、今からあたしたちは女同士の話し合いをします。とーやは出てって」


 思っていた以上に大きな声が出てしまったけど、希空はそれを気にすることなくそう告げる。


「……ここ、俺の部屋でもあるんだけど」


「はい♪」


 そう伝えるも、希空は笑顔でブランケットを渡してきた。


 俺はそれ以上何も言えず、悲壮感漂う橘さんの視線を背中に受けながら部屋を後にした。


 ……まさか、よりによって希空が聖女としてこの世界に来るなんて。


 なんかすでに主導権を握られている気がするし、これからどうなるんだろう。


 薄暗い廊下でブランケットにくるまりながら、俺は一人頭を抱えたのだった。


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