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第17話『お約束の展開』


 翌朝、目が覚めると……俺はたちばなさんに抱きつかれていた。


 しっかりと腰に手が回されていて、そのふくよかな膨らみが右の二の腕に当たっている。


「えーと……」


 一瞬で目は覚めたものの、動けない。


 いわゆるラブコメ展開というやつだ。どうしようこれ。


 落ち着こうと深呼吸をすると、隣から甘い香りがした。シャンプーも使っていないはずなのに、不思議だった。


 橘さん、普段はぬいぐるみでも抱いて寝てるのかな……なんて考えてみるも、現実は何も変わらない。


 かといって、彼女が起きるまでこのままというのもリスキーすぎる。なんとかして、現状を打開しないと。


 寝起きの頭で必死に考えた結果、思いついた方法は一つだけだった。


「た、橘さん、ごめん」


 時折柔らかい感触を二の腕に感じながら、俺は右手を動かす。


 そして彼女の右手を取って、『合体』した。


『うえっ、えっ、なに、どうしたの』


 その直後に目を覚ましたらしい橘さんの混乱した声が、俺の頭の中に響き渡る。


「えっと、妙な物音がしてさ。念のために合体したんだ。驚かせてごめん」


『そ、そうだったんだ。魔物?』


 彼女は不安げな声を出すが、もちろん嘘だ。こうすることでしか、あの状況からは脱出できなかった。


 合体時の衝撃でテントが壊れてしまったけど、尊い犠牲ということにしておこう。


「あれ……? どうやら俺の勘違いだったみたいだ。朝から驚かせてごめん」


 一応それらしく周囲を見渡したあと、俺の勘違いということにしておく。これなら不自然じゃないはずだ。


『そ、それならいいけど……わ、もう太陽があんなに高いよ。早く出発しなきゃ』


 橘さんにそう言われ、俺は合体を解除しようとするも……ふと、あることを思いつく。


「……そうだ。目的地の村まで、このままの姿で走っていったらいいんじゃないかな」


『え、どういうこと?』


「合体スキルのおかげで身体能力は上昇してるし、このライオットソードにも移動速度アップのバフがあるしさ。これを利用しない手はないと思うんだ」


『えぇ……いいのかな、それ』


「別にスキルを戦闘にしか使っちゃいけないなんてことはないだろうし、合体中なら二人一緒に移動できるしさ。いい事ずくめな気がしない?」


『そ、それはそうだけど、高木たかぎくんが疲れちゃわない?』


「合体中は体力の消耗も抑えられてるっぽいし、大丈夫だよ」


『……わ、わかった。無理しないでね』


 そう伝えると、ようやく橘さんは納得してくれたようだった。


「それじゃ、出発しよう」


『あ、着替えるから一旦合体解除して。村について、パジャマ姿で皆の前に現れるなんて嫌だし』


 恥ずかしそうに言う橘さんに頷いて、俺は合体を解除。彼女が着替えている間に、テントを片付けた。


 ◇


 その後、再び合体した俺たちは、全力で街道を駆けていく。


 それまでの移動ペースがまるで嘘のように、すごい速さで景色が過ぎ去っていく。


 実際に乗ったことはないけど、バイクくらいのスピードは出ているんじゃないだろうか。


『わわわわ、すごい。速い』


「へへっ、これなら、最初っからこうやって移動すりゃよかったんじゃね?」


「……高木くん、戦闘中じゃないのに性格変わってるし。安全運転でお願いね」


 調子に乗って空中で一回転なんて決めた時、橘さんが呆れた口調で言った。合体中は体を動かせない彼女にとって、それこそ乗り物に乗っているのと変わらないのかもしれない。


 やがて、目の前に大きな川が見えてきた。


『一旦止まって。向こうに渡し船があるから、それで反対側まで渡るの』


「いや、このまま一気に飛び越えちまおう」


『えぇ!?』


「ああいうのって、運賃取られるだろ? 少しでも節約しなきゃ」


『そ、それはそうだけど』


「それに直感だけど、今の身体能力ならあれくらいの川幅、飛び越えられると思うんだ」


『いやいや無理だよ。今の速度で飛んだところで、岸まであと3メートル20センチ届かないから!』


「それくらい、気合と根性でなんとかなりそうじゃね?」


『ならない!』


 彼女は一瞬で計算したようだけど、俺はそんなことお構いなしに全力ダッシュ。川岸ギリギリから、一気に跳躍する。


 直後、視界が一気に高くなって、太陽の光を反射してキラキラと輝く川面が眼下に広がる。


 向こう岸が次第に近づいてくる中、川の中ほどを行く小船が見えた。


 船頭らしき男性が、信じられないようなものを見るような目で俺たちを見ている。


『ほら、やっぱり届かない!』


 ……なんともいえない優越感に浸っていた次の瞬間、盛大な水音とともに、俺たちは川に落ちた。


『あわわわわ、助けてっ、溺れるっ』


「橘さんは溺れないから、安心して!」


 泳げないのか、パニック状態の橘さんの声が頭に響き渡る中、俺は流れに逆らわないように岸を目指す。


 キャンプ好きな父さんから川泳ぎの基本も教わっているし、今の身体能力なら余裕だった。


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